基源:ジャノヒゲ Ophiopogon japonicus Ker-Gawler(ユリ科 Liliaceae
    又はその他同属植物の根の肥大部(塊根)

麦門冬は『神農本草経』の上品に収載された薬物です.

麦門冬が配合される漢方薬の種類はそれほど多くありませんが,本生薬
が主薬となった「麦門冬湯」が咳止めの処方として著名なことから,生薬
としては比較的よく知られています.

原植物のジャノヒゲは,別名リュウノヒゲと呼ばれ,東南アジア原産の
植物で,中国,ヒマラヤにまで分布し,日本はその東限にあたります.

山地の林の中や道端の斜面に生え,掘り上げると,ヒゲ根がたくさん出
ていて,地上部の大きさの割には随分と根が多いので驚きます.

その根のどちらかと言えば根先に近いところに部分的に紡錘形に肥大し
た部分があり,これが薬用部です.

しかし,根が多いわりにはこの玉が少なくてがっかりすることもあります.

この部分を採取し,乾燥させたものが生薬の麦門冬で,表面に細かなしわ
があり,淡黄白色あるいは灰色がかった淡褐色をしています.

これをさらに加熱して柔らかくしてから中の芯を抜いたものが良品とされ,
やや透明感があり,製品としては丸くなるので丸手あるいは丸麦と呼ばれ
ていますが,最近では芯は残っていますがナイフで縦割りして開いた開辺
麦門冬というのもあります.

一般的な市場品としては四川省産の綿陽麦門冬(綿麦)が流通しており,
その形から長手あるいは長麦と呼ばれています.

大型で,質が柔らかく香気があり,味が甘く,噛むと粘るものが良品とさ
れ,小型で,褐色味が濃く,粘りの少ないものは次品とされます.

また,別によく似た植物でやはりユリ科のヤブラン Liriope muscari L.H.Bailey
があり,この仲間の植物の根もやはり部分的に肥大し,韓国では多くこの
ものを麦門冬として利用します.形はそっくりですが,やや大型で,中国
でも土麦冬と呼んで利用しますが,品質は劣るとされています.

ジャノヒゲもヤブランも和風庭園などでよく見かけますが,ジャノヒゲの
仲間(Ophiopogon 属植物)とヤブランの仲間(Liriope 属植物)の地上
部はよく似ていて,両者を混同している人も多いようです.

ジャノヒゲの仲間は細い棒状の花軸に多数の小さな花を下向きに咲かせ,実
は瑠璃色に熟し,葉の幅は2〜3mmで,それこそ龍の鬚にたとえられるよう
に細くて長いものです.

一方ヤブランの仲間は花が上向きに咲き,実は暗紫黒色に熟し,葉の幅が1cm
程度と広いことなどで区別できます.

また,名前のよく似た生薬に天門冬があります.

やはりユリ科の植物で,クサスギカズラすなわちアスパラガスの仲間の根の
肥大部を基源とするものです.

形も麦門冬にそっくりですが,はるかに大型です.

薬効的にもほぼ同様で,ともに滋陰清肺の作用がありますが,滋養作用は天
門冬の方が強く,養胃の作用は麦門冬が勝るとされます.

いずれにせよ潤燥生津(枯燥を潤し,津液を生じさせる)の作用が強い薬物
ですから痰飲(水分が異常に溢れている病状)には用いてはならず,麦門冬
湯が痰に水気が少なくて切れにくい咳嗽に適用される所以です. (神農子 記)