基源:ニガキ Picrasma quassioides Bennet(ニガキ科 Simaroubaceae)の通例,樹皮を除いた木部

 ニガキは「苦木」で、名前を聞くだけで苦そうです.苦みは株全体に及び,名が体を表す実に良い名前のように思います.思うことはいずこも同じなのでしょうか,属名の Picrasma もまたギリシャ語の「苦み」に由来しています.かつてはこの苦みを下等なビールの苦み付けに用いたこともあるそうです.

 ニガキは雌雄異株で大きなものでは高さ10mを超えることもある落葉高木です.ニガキは全体にミカン科のキハダによく似ていますが,植物分類学的にはニガキ科は花盤が発達することや精油を含む油点をもたないことでミカン科とは異なっています.

 「苦木」は,もとはヨーロッパで民間薬として利用された苦味健胃薬であるクァッシア木の代用品としてわが国で使われだしたものです.クァッシア木にはスリナム・クァッシア Quassia amara L.と,より苦みの強いジャマイカ・クァッシア Picrasma excelsa Pl.があり,これらの植物は17世紀後半にヨーロッパに紹介され,18世紀中頃になって医薬用・工業用に使われるようになりました.

 木材には心材と辺材があります.辺材というのは材の周辺部分にある生きた細胞からなる部分であるのに対して,心材は材の中心に近い部分にある古い部分で細胞は死んでいます.心材の細胞中には樹脂やその他の分泌物を蓄積するものが多く,一般に変色し緻密で硬くなっています.ニガキの材も太く成長するに従い黄色の辺材部分と橙黄色の心材部分とがはっきりしてきます.ところでクァッシア木は心材が使用されたのですが,ニガキは辺材が利用されました.ニガキの心材にはほとんど苦みがないためです.辺材と心材は成分的にも異なります。辺材には苦味成分である四環性トリテルペンの quasiin(=nigakilactone D),nigakilactone 類,nigakihemiacetal 類,picrasin A(=nigakilactone G)などが多いのですが、心材には苦味質が少なくて却ってアルカロイドが多い特徴があります。特に主アルカロイドの nigakinone は辺材にはまったく認められません。一般にアルカロイドは苦いものですが、nigakinone や metylnigakinone といったニガキに含まれるアルカロイドは苦くないそうです.一方の苦味質 quasiin は非常に苦く,健胃剤として食欲を増進させますが,量が過ぎると嘔吐を引き起こすことがあり,これを利用して「吐根」の主 alkaloid である emetine の代用にするといった記載もあります.

 なお、本属植物は中国ではあまり重要視されず,駆虫剤として使用される「苦楝皮(川楝皮)」(センダン科のセンダンの樹皮)の偽品として,樹皮が時々市場に出回る程度だといいます.ニガキの漢名は「苦樹」ですが,謝宗万氏の『中薬剤品種論述』によると,樹皮には強烈な毒性があり,外用薬として癰やせつによる腫毒や疥癬の洗浄に使用するのみで,決して内服してはならず,間違って用いると中毒の危険があるとされています.わが国でも樹皮が農業用殺虫剤として利用されたという記録があります.木本性の生薬としては珍しく樹皮が薬用に供されないのは、この辺りに理由があるのでしょうか。

 苦木は,ほぼ国内で自給できる生薬で,長野・群馬などの各県から年間25トン程度産出し,もっぱら家庭薬原料とされています.6〜7月ごろ小木を切り樹皮を取り除いて調製しますが,樹皮を混入しない苦みの強いものが良品とされます.

(神農子 記)