基源:イトヒメハギ Polygala tenuifolia Willdenow(ヒメハギ科 Polygalaceae)の根

 遠志は古来、安神益智、去痰、消腫の効能で使用され、わが国では第四改正日本薬局方に、同属生薬セネガの同効薬として初収載されました。『神農本草経』上品収載の生薬で、名称の謂れについて李時珍は「此草服之能益智強志、故有遠志之称」と、「智を益し、志を強くする」薬効に由来していることを述べています。

 原植物のイトヒメハギ(Polygala tenuifolia)は朝鮮半島北部、中国北部、シベリアに分布する多年性草本で、和名は糸姫萩で、ヒメハギ(P.japonica)に近縁で葉が糸状に細いことから名付けられました。『中華人民共和国薬典』では遠志の原植物として、イトヒメハギ(中国名:細葉遠志)以外に、中国北部に分布する P.sibirica L.(卵葉遠志)も規定してはいますが、根は細く生産量も少なく、市場性はほとんどありません。わが国でも P.sibirica L.が薬用にされたことがありますが現在では用いられていません。

 中国における Polygara 属植物の分布は、量的には南方に豊富で、種類数としては西南に最も多いのですが、遠志の原植物であるイトヒメハギが西北部に多く分布し、南方にはほとんど分布せず、また P.sibirica も北部に分布することから、遠志の産地は北方に集中しています。このような理由で、南方では多くの同属植物が民間的に薬用にされてはいますが、これらは市場には出てこないようです。

 遠志は長年に渡って野生品を採集してきたため、資源が次第に減少してきています。陝西省合陽県の報告によると、以前は産量が多くて全国また海外にも輸出してきた同県ですが、60年代に40トン以上あった収穫量は70年代には3〜7トンに減少し、1984、5年になると1トンにも達しなかったといいます。以上のような資源の減少を憂慮し、近年は人工栽培法の研究が行われていますが、栽培技術や品質面でまだまだ実用には至っていないようです。また資源の有効利用の面からは、『神農本草経』に「小草」すなわち遠志の全草は安神薬としても利用できると記されていることから、「遠志を精神神経用薬として使用するときは、その全草を使用することができ、資源の大幅な節約になる」といった意見も出されています。

 現在、遠志は山西省など中国北部や、内蒙古、東北の各省で生産され、わが国へは年間約8トンが輸入されます。良く肥えて肉厚く質が柔軟で長くごつごつとしたものが良品で、細いものや堅いものは劣品とされています。中でも比較的太い根の木質部を抜き取って皮部のみとしたものを遠志筒、肉遠志、志通などと称し上質品とします。比較的細い根を棒でたたいて木質部を取り除いたものは遠志肉と称され、肉が薄く多くは破砕しており次品です。また、ごく細い根で木質部を取っていないものは遠志棍、遠志梗、遠志骨と称され、質は最も劣っています。

 『雷公炮炙論』にも「遠志を用いるには、まず芯を取り去ることが必須である。もし芯を取らずに服用すれば人を苦しめる。芯を取り去ったら、熟甘草湯に一晩浸して漉して取りだし、日にさらして用いる」といった記載があります。なお『中華人民共和国薬典』には、遠志100kg、甘草6kgを用いて調製した「制遠志」が記載されています。

(神農子 記)