基源:オオバコ Plantago asiatica Linne(オオバコ科,Plantaginaceae)の種子〔車前子〕と花期の全草〔車前草〕

 車前子は『神農本草経』上品収載生薬で、薬用部については『名医別録』に「葉及根」とあります。秋、果穂が成熟した頃に地上部を刈り取り陽乾し手で揉んで風撰し集めた種子が車前子で、花期の全草を土砂を洗い落して乾燥したものが車前草です。

 原植物のオオバコは、田んぼの畦道、舗装されていない日当たりの良い田舎道でよく見かけます。車前という名は牛馬車のよく通る道端に生えているところからきており、中国では古名を馬道、馬、牛遺とも称し、馬や牛の歩いた後によく生えるところから名付けられました。種子の表面はぬれると粘稠となり靴の裏や衣服、家畜などにつき、人間の歩く道に分布域を広げ、今では人の歩く道があるかぎり生えていないところはないといわれます。Plantago という属名も「足の裏」と「運ぶ」を組み合わせたもので、「足の裏で運ぶ」という意味があります。わが国でも広く全国に分布し、『日本植物方言集』には210通りの呼び名が記載され、広く民間薬として利用され、また子どもたちの玩具としても非常に馴染の深い植物です。

 車前子は黒褐色でよく充実し砂の混入の無いものが良品で、水に浮くもの、光沢の無いものは不良品とされます。昨今はもっぱら中国からの年間約30トンの輸入品が市場に流通しています。一方の車前草は青みがかった新鮮なものを良品とし、長野、新潟、群馬、静岡、香川などの各県から年間約30トンが集荷され、昨今は主として中国や韓国などからの輸入品約20トンも流通しています。車前草は使用量が多いことを理由に第7改正日本薬局方から収載されました。

 車前草と車前子の効能はほとんど同じですが、車前草は清熱解毒の効が強く、熱症出血や皮膚瘡毒をよく治します。最近では、両者ともに鎮咳去痰に使用されますが、車前草の鎮咳効果は plantagin であるとされ、サポニンのような溶血作用は無く子供の咳にも良いといわれています。

 また、車前草中のイリドイド配糖体 aucubin 含量について、地下部に近い成熟葉よりも出芽部分の若い葉の方に含量が高く、黄色に変色した老成葉では極端に低いことが報告されています。また採取後5〜20年経過した葉では、試料濃度を2倍に濃縮しても aucubin は検出されないようです。前述したように車前草は新鮮なものが良品とされています。生薬の調整、乾燥、保存法などの条件についての考慮はもちろん必要ですが、この aucubin 含量が、新鮮葉であるか否かを鑑別する一つの指標にはなりそうです。

 現在中国市場の車前子は、大粒のもの(大粒車前)と、小粒のもの(小粒車前)の2種があります。通常オオバコ P.asiatica、オニオオバコ P.major、由来のものを大粒車前子と称し,ムジナオオバコ P.depressa 由来のものを小粒車前子と称します。そのほか地域によって様々ありますが、鄭肖岩編集の『偽薬条辨』(1959年)に、「市中有大小車之別、大車為真品、小車系土荊芥子偽充、万不可用」、「車前江西吉安瀘江出者為大車前、粒粗色黒、江南出者、日土車前、倶佳。淮南出者、粗而多殻、州出者、小而唐、皆次。河北孟河出者、為小車前、即荊芥子也、不入薬用。宜注意之」と華北地区の小粒車前子にはかつて偽品があったことが記載されています。また、1986年の『中薬通報』にも河南柘城県でシソ科のカワミドリ Agastache rugosa (Fish.et Mey.)Kuntze. の小堅果が車前子に充てられていたことが記載されており、中国からの輸入に対しては偽品に対する鑑別が必要です。

 オオバコ属には良く似た植物が多く、市場には種々の植物種が出回ることが予測されますが、今のところ植物種の違いによる薬効の差異については分かっていないようです。

(神農子 記)