基源:セネガ Polygala senega Linne またはヒロハセネガ Polygala senega Linne var.latifolia Torrey et Gray(ヒメハギ科 Polygalaceae)の根

 中国語で「美遠志」と書くセネガは,「美国(アメリカ合衆国)の遠志」という名が示すように,カナダやアメリカ原産の生薬で,漢薬ではありません.北アメリカの原住民,Seneka族が,毒ヘビ(ガラガラヘビ)にかまれたときこの根を救急的に使用していたのが薬用の始まりと言われ,Seneka族にちなんでセネガと名付けられました.各部族によって薬用の効能は異なり,心臓病に使用していた部族もあれば,Ojibwas(オジブウェ−)族のように根の煎剤を咳や風邪に用い,また葉の浸剤を喉の痛みに用いていた部族もありました.1735年,フィラデルフィアに住む一スコットランド人医師が,医学論文『Essay on Pleurisy(肋膜炎に関する論評)』の中で,肺の病気の治療薬として著わし,それがヨ−ロッパに紹介され,去痰薬,利尿薬としても用いられるようになりました.その後広く知られるようになり各国の薬局方に収載され,現在は浸剤または煎剤が,去痰,鎮咳薬として気管支炎,肺炎時の気道内の痰の排除に用いられています.セネガの去痰作用機序は,「サポニンの粘膜刺激作用による軽い悪心により,反射的に気道の分泌を促進する」とされていますが,今だ不明な点が多く,利尿作用についても経験的に外分泌の促進にある種の作用があることが知られていますがこれも明らかにされていません.

 生薬セネガの品質は,肥大し細根の少ないものが良いと言われています.アメリカ東北中南部,カナダ南部に産し,北アメリカ産のセネガ根は野生品で,市場には葉の幅の狭い P.senega 由来の北部セネガ根(northern senega)と,葉の幅の広い P.senega var.latifolia 由来の南部セネガ根(southern senega)の二種があります.これらは,わが国に少量輸入されたことがありましたが,昭和30年頃から良質なものが国内生産されるようになり,現在は北海道,鳥取,奈良,兵庫などで葉の幅の広い P.senega var.latifolia が栽培され,年間約10トンの需要をほぼまかなっています.このセネガの栽培は,明治時代に初めて試みられましたが当時は全国に普及するまでには至らず,昭和に入り栽培法が確立して後,次第に広まっていきました.栽培品の質の向上に伴い日本産セネガとしてヨ−ロッパにも輸出されるようになりましたが,広葉種の P.senega var.latifolia は分枝した細根を多く付けるせいでしょうか,残念ながらその輸出量はしだいに減少しており,それに伴い生産量も減少してきています.

 セネガの主成分は,サポニンの senegin II,III,IV で,そのほか脂肪油,サリチル酸メチルを主とする精油を含みます.局方収載の同属生薬「遠志」も senegin 類似のサポニンを含み両者ともサポニン性去痰薬として広く知られていますが,柔細胞中にシュウ酸カルシウムの結晶を含むものが「遠志」で,これを含まずサリチル酸メチルの特異な臭いのあるものが「セネガ」であり,両者は簡単に区別できます.わが国では鎮咳,去痰薬として『日局 1』から配合剤やセネガシロップの原料として収載されています.変種の var.latifolia は,栽培化に伴い『日局 12』から収載されるようになりました.

(神農子 記)