基源:タムシバ Magnolia salicifolia Maximowicz、コブシ Magnolia Kobus De Candolle,Magnolia biondii Pampanini 又はその他近縁植物(モクレン科 Magnoliaceae)の蕾

 北国の春の代名詞のように歌われるコブシは、春の訪れとともに、緑が萌え出る前の寒々とした山の木立の中に真白い花を咲かせます。その開花は、イモウエバナとかタウチザクラの異名が示すように、新たな年の農作業を始める目安とされてきました

 コブシとタムシバはよく似ていて、一般にコブシというとタムシバをも含んでいるようですが実は別種です。高木になり山麓や沢筋に多く見られ、がく片の長さが花弁の約5分の1で、花のすぐ下に1枚の緑色の葉があるのがコブシで、一方亜高木で山麓や尾根筋に多く、花弁は6枚、がく片の長さが花弁の約2分の1から3分の1で、花の下に葉のないのがタムシバです。

 漢薬「辛夷」の原植物は、本草書の記載内容から、原植物は時代によって多少異なったようですが、古来 Magnolia 属植物であったことは間違いなさそうです。花色に関しては紫花と白花の二種があり、宋代以前は紫白色の花をつける味の辛いものを「辛夷」とし、明代以降になると紫花で辛味のない木筆を「辛夷」、白花で辛味のあるものを「玉蘭」としました。しかし木筆には辛味がありませんので、「辛」の字義から玉蘭を「辛夷」にあてるのが適当であろうといわれています。

 わが国にはもともと真の「辛夷」の原植物はありません。現在各地で見られる多くの Magnolia 属植物は中国原産で、古くに渡来したものです。わが国では、『大和本草』の中で「辛夷」にコブシがあてられ、以後ずっと代用されてきました。現在、日本産はコブシよりも芳香の強いタムシバが大部分を占めていますが、中国とは基源を異にしますので、「和辛夷」として区別することもあります。「辛夷」は「蕾の状態で未だ開花せず、よく肥大して内部が充実し、灰緑色で柔毛があり、花梗が短く香気が濃厚で潤いのある物」が良品とされますが、日本産は中国産に比べ柔毛が少なく、潤いにかけ、品質は劣るとされます。また開花してしまったものは薬用としての価値はないとされることから、一般には早春、2〜3月に採集されます。

 現在中国産辛夷の原植物は、望春花 Magnolia biondii Pamp.(= M.fargesii Cheng,M.aulacosperma Rehd et Wils.)、モクレン M.liliflora Desr.(= M.discolor Vent.,M.purpurea Curtis)、ハクモクレン M.denudata Desr.(= M.conspicua Salisb.,M.yulan Desf.),湖北木蘭 M.sprengeri Pamp.などで、韓国産はハクモクレン M.denudata Desr.であるといわれています。これら多種にわたる原植物のうち、いずれが「辛夷」の原植物として優れているかについては、「辛夷」の気味の本質ともいえる辛味の強さについて知る必要があるでしょう。

 辛味は精油中に存在することが知られています。精油含量については、コブシ 3.34%、キタコブシ 4.69%、タムシバ 4.86%、ハクモクレン 4.08%で、これらの値はモクレンの 0.26%、サラサモクレンの 1.45%、シデコブシの 1.24%に比べると一桁多くなっています。また精油組成はどの種でもほぼ同様で、主要辛味成分はシネオール、チャビコールメチルエーテル、シトラールなどです。ゆえに辛味を指標とした場合には前4者が生薬として優れていると考えられます。モクレンの精油からはチャビコールメチルエーテルが微量検出されただけでほとんどα-ピネンからなり、辛味がないのでこれを原植物とするのは不適当なようです。

 精油成分のみで「辛夷」の品質評価を行なうことはできないでしょうが、少なくとも辛味がないものについては、避けた方がよいと考えられます。

(神農子 記)