基源:Glechoma hederacea L. subsp. grandis (A.Gray) Hara カキドオシ(シソ科)の花期の全草を乾燥したもの。

 連銭草は局方外規格にも収載されていませんが,民間薬として著名であり,また原植物のカキドオシがちょうど花盛りの時期なので取り上げてみました。

 連銭草の名は,歴史的には徐儀の薬図に「積雪草」の別名として初見するとされます。積雪草のほうは『神農本草経』の中品に収載されたもので,「味苦寒。主大熱悪創癰疽浸淫赤火票皮膚赤身熱」と記されていることから解毒,利湿,清熱などの作用が窺えますが,その原植物に関しては考察の余地があるようです。

 現在中国では「積雪草」の原植物はセリ科のツボクサであるとされ,カキドオシは「金銭草」の名称で清熱,利尿,鎮咳薬などとして使用されています。一方「連銭草」の名称は「積雪草」にも「金銭草」にもあり,「連銭草」と称される植物としてはこれら2種以外にもシソ科のチドメグサ,ホトケノザ,キンポウゲ科のリュウキンカの他,ゴマノハグサ科,マメ科,オオバコ科などの植物にも及んでいて,原植物にかなりの混乱が見られます。「連銭草」の名称は読んで字のごとく,単に葉の形容から名がついたように思われ,異物同名品が多い理由となっているようです。ちなみに「積雪草」のほうは「苦寒」という薬性から名付けられたとされています。

 「積雪草」の採集時期に関して,唐代,宋代の書物によれば「8〜9月に苗を採集する」とあります。全草類生薬の適切な採集時期は一般に花期であることを考えれば,この記載は春に開花するカキドオシではなく,夏に花を付けるツボクサであろうと思われます。また「茎は細くて蔓延する」という記載もあり,カキドオシよりはツボクサの方がより真の原植物に近いように思われます。

 また,『本草図経』には別名として「胡薄荷」があげられ,このことは「積雪草」が外来の薬物であった可能性をうかがわせます。また,陶弘景が「積雪草は方薬には用いない」と記載していることも外来の民間薬であったことを暗示していそうです。そこでアーユルヴェーダでツボクサが利用されているかどうかを調べますと,伊藤和洋先生のお書きになった書物に梅毒やハンセン氏病に内服されることがしっかりと記載されていて,これがまた『神農本草経』の記載「主大熱悪創癰疽浸淫赤火票皮膚赤身熱」にピッタリ一致します。さらに蘇頌は「(南方の地では)野菜として食用する」と記しており,このこともツボクサに一致します。

 以上のことから,どうやら「積雪草」の真の原植物はツボクサであるように思われます。そして,その別名であった「連銭草」のイメージから,カキドオシを始めとする多くの異物同名品が生まれ,結果的には「積雪草」と「連銭草」が別生薬として利用されるようになったものと考えられるのです。そうだとすれば,ツボクサの「積雪草」とカキドオシの「連銭草」とは別に考えなければならないことになります。

 わが国ではカキドオシは俗に「カントリソウ(疳取草)」の名称で子供の疳の虫の治療薬として良く知られています。乳児のお食い初めの食器に鶴亀などとともに描かれるなど,庶民の生活に溶け込んできた歴としたわが国の民間薬です。中国の「連銭草」には異物同名品が非常に多いことを先に書きましたが,日本民間薬「連銭草」としてはやはりカキドオシ(垣通し)で良いように思われます。小児の疳取りのほか,解熱,鎮咳薬として,また昨今は尿路管結石治療薬としても利用されています。品質的には多くの全草類生薬がそうであるように「なるだけ色の青々とした香気の高い新しいものが良品である」とされています。

 一見何の問題も無いように思われる薬草も,いざ調べてみると種々論点が見出されるものだと,赤紫のけなげな唇形花をみつめながら改めて考えされられました。

(神農子 記)