基源:コウホネ Nuphar japonicum De Candolle(スイレン科 Nymphaeaceae)の根茎を縦割して乾燥したもの。

 原植物のコウホネは水生植物で,6〜8月に小川や池のほとりで黄色い花を咲かせます。昨今水辺の植物が多く話題にのぼるのは,河川工事や埋立てによって水生植物が育つ環境がなくなりつつあるからです。コウホネの仲間もその例にもれず,オグラコウホネやヒメコウホネが絶滅危惧植物としてレッドデータブックに載っています。薬用として利用されるコウホネやネムロコウホネはまだ資源的に問題はないようですが,筆者が昔コウホネを見た小川も今ではきれいにコンクリートで整備されて,無くなってしまったようです。いずれ,薬用利用はもとより水草を見ながら涼を楽しむと云うことさえ出来なくなってしまうのかと考えると,生薬の確保という問題のみならず自然環境の見直しを迫られているような気がします。

 「川骨」はわが国で古くから民間的に利尿,婦人病薬として利用されてきました。生薬名の「川骨」は日本市場でのみ通用し,文献的には古く平安時代の『本草和名』に加波保祢として記載されることから,当時はカワホネと発音されていたようです。その音が現在の「川骨」の字につながったことは容易に想像されます。『本草和名』には中国名は「骨蓬」として載っており,字義は根の形状が腐って黒くなった骨のようで川や池の底に複雑に絡んでいる様子を示しているようです。

 中国の本草書にはコウホネの仲間は『本草拾遺』に「萍蓬草根」の名で収載されており,このものの原植物はネムロコウホネ Nuphar pumilum DC.であるとされています。同書には「味甘無毒補虚益気力久食厚腸胃不飢(中略)根如藕飢年当穀也」と記され,薬物としては虚弱体質者に用いることが記されていますが,ここには婦人病薬としての記載はありません。また,凶作時に救荒植物として利用できることも記され,明代の『食物本草』にも同様の記載がありますが,コウホネの仲間の根を食用にすることは中国に限らず,アメリカインディアンを始め世界各地で見られます。

 このように中国では脾胃虚弱を改善する薬物とされたのですが,この類の薬物は人参を始め他に良薬が多くあったためか実際には余り利用されなかったようです。ただ,中国の地方薬物誌には月経不順や浄血薬としての効能が記されており,昨今中医学で月経不調や病後の衰弱,消化不良の処方に配合されるようになったのは,こうした民間的に利用されていた薬物が再評価された結果なのかもしれません。その他,解熱鎮痛消炎薬として打撲外傷による腫脹や疼痛に使用される有名な「治打撲一方」にも配合されています。

 一方,ヨーロッパにおいては,紀元前1世紀の『ディオスコリデスの薬物誌』に Nuphar の名称で記載され,「根と種子をブドウ酒で服用すれば帯下によい」とあり,やはり古くから婦人病に利用されていたことが窺えます。本生薬を婦人病に用いることはわが国と共通し,また上述のように最近の中国の用法とも共通するもので,薬物の伝播を考える上で興味あるところです。

 川骨は煎剤用としては希用生薬ですが,実母散など家庭薬の製剤用原料として今でも年間10トン余りの需要があります。

 生薬の品質としては太くて新しいものがよいとされています。

(神農子 記)