基源:ナツメ Zizyphus jujuba Miller var. inermis Rehder 又はその他近縁植物(クロウメモドキ科 Rhamnaceae)の果実。

 生薬倉庫あるいは百味箪笥の中で、そのまま口にしておいしい生薬というのは案外少ないものです。今回話題にする大棗のほかには龍眼肉くらいのものでしょうか。

 大棗の原植物がナツメであることはよく知られていますが、丁度今の時期、10月〜11月にかけて庭や畑の一角で赤茶色に熟すナツメは生薬の大棗と比べますとかなり小さいので、原植物が同じでないことはすぐに判ります。

 ナツメはおそらく中国原産であると考えられ、その栽培品種は300以上が知られています。本草書を見てもずいぶんと数多くの「棗」の種類が記載されており、とてもこのスペースで紹介できる量ではありません。ナツメは中国ではかなり昔から栽培されており、モモ、スモモ、ウメなどとともに重要な果樹であったようです。

 それらの品種の中で最も果実が大型で肉厚の品種が「大棗」の原植物で、植物学的にナツメ Zizyphus jujuba の変種 var. inermis(棘がないという意味)とされるものです。一方、より野生種に近く、枝に棘が多くて果実が小型で丸く、種子が大型のものが生薬「酸棗仁」の原植物で、学名は var. spinosa(棘があるという意味)とされます。わが国に植えられているものはその中間型とというわけです。なお、後者は種子が大きいことから和名をサネブツナツメと言います。

 この両者は植物学的には同種ということになりますが、古来薬用としてはかなり異なるものと認識され、『神農本草経』では「大棗」と「酸棗仁」は別項目で取り上げられています。両者とも上品収載品で、「大棗」は「味甘平。心腹の邪気を主り、中を安んじ、脾を養い、十二経を助け、胃気を平らにし・・・久しく服すれば身を軽くし、年を長くする」、「酸棗」は「味酸平。心腹の寒熱邪を主り、気を結び・・・久しく服すれば五臓を安じ身を軽くし、年を延して生きる」とあり、別絛とはいえ効能的には「心腹の邪を主る」という点でそれほどかけ離れたものではありません。ただし、『神農本草経』の時代の酸棗が今のように「仁」を使用していたのかのかどうかは不明で、『名医別録』に「採実陰乾四〇日成」とあるところから、おそらく果実全体であったものと思われます。一方、『名医別録』で酸棗の薬効に「補中益気」が追加され、『新修本草』ではこの効能は「仁」に依るものだとし、宋代の『開宝本草』で「果肉を食べれば眠気を醒まし、仁を食べれば不眠を療する。このことは麻黄が発汗にその根節が止汗に働くことと同じである」と、煩心不眠には仁すなわち酸棗仁を使用することが明記されました。なお、歴史的にはナツメの仁が酸棗仁として利用されたことも記録にあります。

 話が酸棗仁に偏ってしまいましたが、生薬「大棗」の品質に関しては、古今良質品は紅色を呈し、皺紋が少なく、内部が黄白色で肉が厚く、弾力のある大粒の者とされ、そうしたものを得るためには、生の時に丸く肥大して核が小さくて味が甘くてよく熟したものを採取しなければならないとされています。未熟品を採取した場合には、紅くはなっても弾力性や甘味のない劣等品になってしまいます。脾胃の気を補う薬物であるからには、やはり甘みの強いものを良品とすべきでしょう。

 大棗は果実が熟したものをその都度採取して製するのが望ましく、安価な割には良質品を得るには手間のかかる生薬のようです。年間約800トンという消費量のほとんどを中国からの輸入に頼っているのが現状です。

(神農子 記)