基源:カワラヨモギ Artemisia capillaris Thunberg (Compositae キク科)の頭花。

 ヨモギはたいへん身近な植物ですが、わが国にその仲間(ヨモギ属)が30種ほどあることはあまり知られていないのではないでしょうか。ヨモギ属の花はすべて小型で目立ちません。これは、本来虫媒花で目立つ大型の花を咲かせるキクの仲間が、虫の少ない乾燥地帯に進出した結果、風媒花になったためだと説明されています。多くは全草に独特の香りがあります。茵陳蒿の原植物とされますカワラヨモギは、河原や海岸の砂地に多い多年生の植物で、秋に小さい花を多数下向きにつけ、葉が細く糸状に切れ込むことが特徴です。中国にもわが国にも自生し、わが国では専ら花穂を薬用にしますが、中国では芽生え期の若い葉をも利用します。

 茵陳蒿は『神農本草経』の上品に収載され、薬効的には同書に「黄疸」、『名医別録』に「通身発黄」の字が見え、現在と同様古くから黄疸の治療薬とされてきた薬物であることがうかがえます。

 原植物については陶隠居が「蓬蒿(ヨモギ)に似て、葉は緊細で、茎は冬にも死なず春にまた葉が生えてくる」と記し、カワラヨモギの形態とよく一致します。採集時期については、『名医別録』に「五月及立秋採陰乾」とあり、6月頃と8月上旬の2時期があったようで、古くから現在のように嫩苗由来の「綿茵陳」と、若い花穂を利用する「茵陳蒿」の2種があったようです。

 一方、他の多くの生薬と同様、茵陳蒿の原植物も地方的には混乱していました。ヨモギ属に類似植物が多いこともその原因と思われますが、まったく違った植物も利用されていたようです。宋代の『図経本草』には2種の付図があり、一方はカワラヨモギによく似ていますが、他方は葉が対生し、長楕円形で切れ込まず、地下部は節から根が出ており、キク科植物とはまったく違って、ハッカなどシソ科植物に似ています。実際、『図経本草』には「山茵陳と称される薬草には幾種類もあり、中には烈しい香気があって味は辛で、解肌、発汗の作用がある」ものが記載され、これはハッカの仲間ではなかったかと思われます。また、カワラヨモギと思われる植物の付図には「絳州茵陳蒿」と記され、ヨモギを意味する「蒿」の字がついていますが、ハッカのような植物には「江寧府茵陳」とあり、蒿の字がついていません。両者は明らかに区別されて、別薬物として利用されていたように思われます。

 ただ山茵陳について、明代の李時珍は「茵陳は古くから蔬菜として栽培され、薬用としては野生品が利用され、栽培物と区別するめに山茵陳と称した。山茵陳は、茎が艾(ヨモギ)のようで葉は淡色の青蒿のようで背面が白く、葉は岐れて緊って細く、イヌヨモギの花実に似ている」と記し、茵陳と山茵陳は同一植物であるとしています。なお、ここに記された茵陳もカワラヨモギであると思われますが、実際カワラヨモギが蔬菜として栽培されていたか否かは、確認できませんでした。

 現在、『中華人民共和国薬典』(1995年版)には、「茵陳」の名でハマヨモギとカワラヨモギの乾燥した地上部が収載され、両者はごく近縁な植物で、春季に採集した幼苗を「綿茵陳」、秋季花蕾の成長時に採集し、老茎を除いたものを「茵陳蒿」として区別しています。気味は前者が清香、微苦。後者が芳香、微苦とわずかに違いますが、同様に使用されているようです。ただ利胆作用を有することが知られているスコパロンは、開花期とくに花や種に多いとする研究報告があり、この点からは花穂を利用するのが良いように思われます。生薬としては、新しくて芳香の強いものが 良質品とされています。

 それにしても、多くの植物の中から現代にも通用する黄疸の治療薬を見いだした昔の人々の努力と観察眼には敬服せずにはおられません。こうした薬物に接するたびに、中国医学の完成度の高さを実感するのですが、一方でその運用の難しさを感じるのは、我々の勉強と努力が昔の人に比べてまだ足りないということなのでしょう。

(神農子 記)