基源:ウシ Bos taurus L. var.domesticus Gmelin (ウシ科 Bovidae)の胆嚢中に生じた結石。

 牛黄は麝香とならび称される代表的な動物生薬で,一般に強心,鎮静,鎮痙,解熱剤などとして知られています。

 牛黄は『神農本草経』上品収載品で,「味苦平で,主に驚癇寒熱や高熱によるひきつけを主どり,邪を除き鬼を駆逐する」とあり,『名医別録』に「小児の百病を療す」とあり,昔からもっぱら小児や乳幼児の薬物として,発熱,腹痛,夜泣きなどに用いられてきました。筆者宅でも子どもが小さかったころには常備薬とし,発熱時には大いに役だっていたことが思い出されます。

 牛黄は胆石を患ったウシから採る以外に方法がないわけですから,昔から高貴薬であったようで,その入手方法に関するもっともらしい説話として,陶弘景は「旧くに言うには,神牛で行ったり来たりしながら鳴吼するものに牛黄がある。それが角の上に出るのを伺って水盆で受けて吐かせると水中に堕ちて来る」と記録しています。これだけでは少々言葉足らずですが,「今の人は実際には膽の中から多く得ている」とつけ加えています。また,胆石を患ったウシの見分け方として,蘇頌は「鳴吼する」こと以外に「毛皮に光沢があり,眼が血の如くに赤く,照水を好む」とし,採取方法として「盆水で受け,急に驚かすと水中に吐き堕す」としています。実際には,解体時に注意して胆嚢やその周辺を調べ,固形物があれば取り出しているようです。一般には1〜4cm程度の円から長円形をしていますが,三角や立方体に整形してから陰干されることもあります。色は褐色〜赤褐色で,質は軽く,中は層状構造をしており,層面で剥離し壊れやすいものです。小片を噛むとサクッと軽く壊れ,甘みと苦みのほか独特の清涼感あるかおりが口中に広がります。

 以上が真の良質品の牛黄ですが,昔から偽品も多くあったようです。代表的なものは蒲黄や鬱金末をにかわなどで練り固めたものであったらしく,本物の牛黄は口に入れても粘らないことが鑑別法の一つにあげられています。また,最近ではウシやブタの胆汁を加工して人工牛黄が造られており,このものは薬効的には本物と変わらないとされています。

 本場の中国でも,昨今は農耕の機械化によりウシを飼う数が減ったのか,あるいは飼育技術が向上したためか,牛黄は不足しているようです。『中薬大辞典』にはカナダ,アルゼンチン,ウルグアイ,パラグアイ,チリ,ボリビアなどから輸入されていることが記されています。こうした天然牛黄は産地国によって品質が異なり,オーストラリア産がもっともビリルビン含量が高く,インド産がそれに次ぐとされます。 ビリルビンは牛黄の有効成分の本質であるとは考えがたい成分ですが,その含量は市場品では10〜70%の間でばらついており,品質評価の指標として利用されています。ビリルビン以外に,鎮痙作用のあるタウリンをはじめ,コール酸,デオキシコール酸,コレステロール,その他多くの微量成分の存在が知られています。

 牛黄はあくまでも病的に生じた胆石ですから,その産出量にはおのずと限りがあり,業界では良質の牛黄を探し求めるのに苦労しております。一般には,食肉用として飼育されているウシが病気にかかって倒れてしまうことは,牧場主としてはできる限り避けたいことに違いありません。ただ,私たちとしては,ウシや牧場主には気の毒ですが,ウシに上手に胆石を作る方法の研究をも行なってほしいと願う昨今です。

(神農子 記)