基源:チョレイマイタケ Polyporus umbellates Fries (サルノコシカケ科 Polyporaceae)の菌核。

 「猪苓」は『神農本草経』の中品に収載された菌類生薬です。近年,多くのキノコ類に高い制ガン効果のあることが知られています。チョレイマイタケの菌核である猪苓もその一つとして知られます。チョレイマイタケはわが国にも産し,北陸,東北,北海道など北国に多く,チョレイタケ,チョレイナバ,マツマイタケ,ハギホド,オニノカナクソなどの名称で呼ばれています。子実体は秋期に菌核から発生し,基部より複雑に枝わかれした茎の先端に傘をつけます。薬用部の菌核の外観は一般に黒くて不整の塊状で,『神農本草経』に「一名猪屎」とあるとおり,まさに大イノシシの屎のような格好です。

 生薬として猪苓と並び称されるのは茯苓です。茯苓はマツ林に生じるのに対し,『第13改正日本薬局方』の解説書によれば,猪苓は日本産はハンノキ,ナラ類,中国産はカラコギカエデ,カシワなどの根に附着して形成されるとなっています。李時珍は「猪苓もやはり木の餘気が結したもので,松の餘気が茯苓を結するような関係の物である」といっています。薬効部位もともに菌核で,薬効的にも両者は利水剤として共通し,ともに胃内停水や水逆などを目標に用いられる漢方薬「五苓散」に処方されています。

 一方,猪苓はさきにも書きましたように『神農本草経』では中品に分類される薬物ですが,茯苓は上品です。猪苓の方が茯苓に比してやや薬能が強くまた補益の効能もないということでしょうか。

 猪苓の薬能について,『図経本草』では「張仲景の消渇の脈浮にして小便利せず,微熱あるものを治する猪苓散は,その汗を発する。病で水を飲まんと欲してまた吐するものを名付けて水逆という。また冬時に寒嗽して瘧のような状態のものにもやはり猪苓散即ち五苓散を与える」と記しています。一方,『本草衍義』では「猪苓は水を引く功が多い。久しく服すれば必ず腎気を損じ,人の目を昏くする。久服するものはこれを詳審せねばならない」と猪苓服用の注意点を記し,張元素も「猪苓は,淡滲,大燥にして津液を亡ずる。湿証なきものはこれを服してはならぬ」と,やはり注意点を述べています。中品である理由はこうしたところにもあるのでしょうか。

 われわれは,キノコ類生薬といえば食用キノコと同じように,免疫賦活の効能こそあれ,害はないと思い勝ちですが,毒キノコ中毒を思い起こせば,決してそんなことがないことに気がつきます。そう思うと,猪苓と同属でタケにつくライガンキンの菌核である生薬「雷丸」は『神農本草経』下品収載品であり,駆虫薬であることに納得します。安易に漢方薬を服することはやはり慎まねばならないようです。

 品質については,一色直太郎氏によれば,「皮の黒い光沢のある内部の白い能くしまったふとったものがよい。瘠せた小さいものや,しなびたものや,内面が淡紅色や,淡黒色や,淡赭色を帯びたものは下品である」とされ,外観はやはりイノシシの屎のような格好のものが良いようです。

 チョレイマイタケはわが国にも産するとはいえ,その生産量はごくわずかで,必要量のほとんどを輸入に頼っているのが現状です。中国でも,茯苓は栽培化されて入手しやすいのに対して,猪苓の栽培化は行なわれていないためか供給量は不足気味で,薬価も茯苓よりやや高めに設定されています。

(神農子 記)