基源:ハナスゲ Anemarrhena asphodeloides Bunge (ユリ科:Liliaceae)の根茎.

 知母は『神農本草経』中品に「主消渇熱中除邪気肢体浮腫下水補不足益気」と収載され,中医学では邪熱を除く清熱瀉火薬に分類される生薬です.

 『中華人民共和国薬典1995年版』では,正品原植物のハナスゲ根茎の毛をつけたまま乾燥した「毛知母」と,毛と皮部を除いて乾燥した「知母肉(光知母)」の2種が記載されています.

 現在,わが国へは両者が輸入されてきており,外観を比べると,黄金色の毛のある「毛知母」の方が,大きくて,太くて,立派に見えます.一方の「光知母」は細くて黒褐色で見た目に貧弱です.知母の品質について,李時珍は「肥えて潤いのある裏の白いものを選び,毛を去って切って用いる」と記し,わが国でも大正時代に一色直太郎氏が「黄色の毛のある肥えた大きい潤いのある」ものが良品であるとし,日・中で「毛知母」が賞用されてきました.

 しかし,李時珍が言っているように,使用時に毛を去る必要があるのならば,むしろ最初から毛が除かれている「光知母」を入手し使用する方が利用の便はよいはずです.実際,最近の中国では「光知母」の方が良質であるとされています.では昔に「毛知母」が賞用されたのは外見上の問題であったのでしょうか.

 昨今,知母の原植物はハナスゲとされていますが,以前は異物同名品が数多く存在した生薬であったようです.本草書に見られる最も古い植物学的記載は,『集注本草』に「形似菖蒲而柔潤葉至難死」とあるもので,また宋代の『図経本草』には,「四月開青花如韮」とあり,これだけの記載では互いに類する植物が多かったのでしょうか,『図経本草』には5種の付図が描かれています.そのひとつ解州(今の山西省南部)知母は花が韮のように散状花序を呈し,また?州(今の安徽省中部)知母の葉は互生で,実が黄精の原植物であるユリ科のナルコユリの仲間のように葉腋にぶら下がって付いていて,地下部も黄精の項の附図と同様です.ハナスゲの葉は根生し,線形で,花は穂状であることから明らかにそれらはまったく異なる植物です.また,現在でも広西,福建,四川省など主に南部地方には「…知母」と名のつく生薬の原植物として,ユリ科のAspidistra属植物,アヤメ科のIris属植物,羊歯植物ウラボシ科のColysis属植物,その他,多数あることが知られています.これらはすべて根茎の形が知母によく似た植物です.また,もともと知母の産地は華北や東北地方であり,南部にはハナスゲが産しなかったことも多くの異物同名品が生じた理由であろうかと思われます.

 根茎に毛のある薬物は,他に菖蒲や甘松香などがありますが,黄金色の毛は知母の特徴です.それゆえ,服用時に不要な毛があえて残されたのは,外見の立派さよりは,むしろ異物同名品の多かった知母の真物を見極めるためであったのではないかと考えられます.毛さえ残っておれば,だれも他の薬物と間違えることはありません.また,もちろん,その方が大きく立派に見えたことも一因していたでしょう.

 知母が配合される漢方薬は少ないですが,種々の熱性病に用いられる「白虎湯」,腫れ痛む関節リウマチなどに使用される「桂芍知母湯」などが特に有名です.ただし,知母の本質は「苦・寒」剤であり,また粘液質で性質が滑であるところから,脾虚で軟便気味の人には用いることができません.

(神農子 記)