基源:カキOstrea gigas Thunbergや(イタボガキ科Ostreidae)の貝がら。

 牡蛎はカキ殻で,『神農本草経』上品に「味は鹹で気は平。傷寒,寒熱,温瘧などによりぞくぞくとする病気,驚,恚,怒などの邪気による病を主治し,拘緩,鼠瘻,女子の赤白帯下を除く。久服すると骨節を強くし,邪気を殺し,年を延ばす」と記されています。さらに『名医別録』で,「微寒,無毒」が追記され,「関節にある留熱を除き,虚熱を栄衛し,不定に去来する煩満を去り,汗,心痛,気結を止める。渇きを止め,老血を除き,大小腸を渋らせ,大小便を止め,洩精,喉痺,咳嗽,心脇下の痞熱などを療ず」とあります。

 原動物について『中華人民共和国薬典1995年版』では,Ostrea gigas のほかに,O.talienwhanensis CrosseO.rivularis Gould の2種を規定していますが,O.gigas が最も大きく,また養殖に適した品種であることから,市場にも本種由来のものが多く出回っていると考えられます。

 カキは2枚貝ですが,牡蛎の品質については「左顧」すなわち左殻で,岩などに付着する側の厚くて大きい方が良質品であるとされてきました。「牡蛎」とは「雄の蛎」の意味であり,陶弘景は「牡蛎は東海に生じ,今の浙江省や福建省に産するものは皆良質である。道家は左顧を雄とし,ゆえに牡蛎と名づけ,右顧がすなわち牝蛎(ひんれい)である。(中略)これは大きいものが好まれるという例えである」と記しています。すなわち,大きい方の殻が雄ということで「牡蛎」,片方の小さくて薄くて偏平な殻を雌として「牝蛎」と称して区別していたわけです。現在でも『中薬大辞典』には,「大きくて形が整い,内側に光沢があるものが良品である」と記されていますが,昨今は牡蛎と牝蛎の区別はなされていません。カキの長年にわたって成長したものは鱗片層が幾重にもなり,石のように堅く厚くなり,こうしたものが良質品とされてきたわけです。加えて,内面に光沢があるような新しいものが良質とされます。

 採集時期については,『名医別録』では「採集するのに時期はない」とし,『神農本草経集注』では「11月に採集する」,他に「2月3月に採集する」という文献もあり,冬期が一般的なようです。『図経本草』に,「南の人は,その肉を食品に当て,炙して食へば甚だ美味で,肌膚を細かにし,顔色を美しくする」とカキ肉の効能が記されており,また,夏期のカキは産卵期で痩せ衰えているため食用には適さず,栄養価が高く美味となる冬期に採集されたことは,やはり肉の食用を意識してのことと思われます。牡蛎はあくまでも肉を食したあとの廃棄物利用であったことは当然考えられることで,牡蛎採取のためのカキの採集はなかったものと考えられます。加えて,海岸近くに居住する人のみ肉を食することができたはずで,内陸部の人には縁遠い食品であったに違いありません。それにしても,陳皮,桃仁・杏仁,柿蔕,瓜蔕など,廃棄物まで薬用にしてきた古人の知恵には敬服せざるを得ません。

 一般に海産物の味は鹹で軟堅散結・益陰に働きます。一方,海産貝類生薬は牡蛎のほかにも,貝歯(タカラガイの貝殻),石決明(アワビの貝殻)など多数あり,成分的にはカルシウムを主成分とすることで共通していますが,中医学においては貝歯や石決明は平肝熄風薬に分類され,牡蛎は重鎮安神薬に分類されるなど,薬効的にやや異なっています。また,カルシウムを主成分とすることで類似する竜骨は,鎮驚,固渋にすぐれている点で薬効的に異なります。これらの生薬には微量の有機物が残っていることが報告されていますが,成分化学的に個々の生薬の薬効の違いを説明するまでには至っていません。

(神農子 記)