基源:Cassia angustifolia Vahl 又はCassia acutifolia Delile (マメ科 Leguminosae)の小葉。

 センナ(センナ葉)は便秘薬として大衆にもよく知られた生薬です。大衆薬になっているという点からその歴史は古いように思われますが,わが国や中国を含めた東アジアでの歴史は意外に浅いものです。

 薬用センナの原植物には,アフリカ,ナイル河の中流地域に野生し河口のアレキサンドリアに集積されるアレキサンドリアセンナ(C. acutifolia)とインドのチンネベリー地方で栽培されるチンネベリーセンナ(C. angustifolia)の2種があります。センナは,エジプトで書かれた世界最古の医学文書『エーベルス・パピルス』(B.C.1552)に下剤として収載されており,ヨーロッパへは11世紀頃にアラビアの医者によって紹介されたとされていますが,アラビア医学の古書『ディオスコリデスの薬物書』中には記録がなく,アラビアでの利用の始まりはそれほど古くはなさそうです。一方,もう一つの産地であるインドでも古くから薬用に供されていたことが『スシュルタ本集』にやはり下剤として記録されていることからわかります。しかし,インドでもさほど重要な薬物ではなかったようです。世界的な薬物として爆発的な人気を得たのはおそらくヨーロッパに伝えられてからのことであったと思われます.下剤を必要とするヨーロッパ人にとってセンナはダイオウやアロエとならびもっとも頻繁に使用される植物性下剤のひとつとされています。

 さて,中国におけるセンナの利用についてですが,現在の中医学では「番瀉葉」の名前で瀉下薬に分類され,その中でも大黄や芒硝,芦薈と同様,かなり強い瀉下作用を有する「攻下薬」に分類されています。このことはヨーロッパとほぼ同様の目的で利用されていることを示しています。『中葯志』によれば「番瀉葉」が中国の医学史に登場するのは清代以後のことで,1935年の『飲片新参』に初めて収載されたとあります。以後多くの文献に記載され,比較的早期の文献では「旃那葉」や「瀉葉」の名称で記されています。『中華人民共和国葯典』での収載は1985年版が最初です。なお蛇足ながら,中国名「番瀉葉」は「外国の瀉葉」の意味です。

 では,わが国ではどうであったかというと,明治22年(1889年)発行の『日本薬局方第1版』に瀉下薬として収載され,現在にいたっています。1820年の『和蘭薬鏡』に「大黄で効かない場合には体質にあわせて旃那葉や芦薈を使う」とあり,和蘭(オランダ)すなわちヨーロッパでの利用がわが国に紹介されたと思われるふしがあります。また「旃」の字は中国音は"zhan"であり,わが国であてられた字のように思われ,「旃那葉」の名称は日本から中国へ渡った生薬名のようです。

 以上,センナの薬用利用はエジプトからアラビアに伝わったのちヨーロッパへ伝えられ,オランダ経由でわが国に伝わったものと考えられます。そのころには東インド会社経由でインド産のセンナが伝わってきていたことも十分に考えられます。ただ,中国へはわが国やヨーロッパから伝わったと考えるのには無理があり,おそらく古くにインドから伝わっていたが,大黄を利用してきた中国人にはさほど重要な生薬ではなかったというのが本当のところではないでしょうか。芦薈とともにいずれ詳しく検討してみたいと思います。

 センナの品質に関しては,一般によく乾燥して色の青々とした葉(小葉)のみからなり,枯葉や軸(葉柄)の混入が少なく,センナ葉特有の香気の高いものがよい,とされています。近年わが国で使用されるのはもっぱらチンネベリーセンナです。

(神農子 記)