基源:Corydalis turtschaninovii Besser forma yanhusuo Y. H. Chou et C. C.Hsu(ケシ科Papaveraceae)の塊茎。

 延胡索は医療用漢方製剤129処方中では「安中散」のみに配合されています。処方される機会の少ない薬物ですが,独特な濃黄色をした特徴的な形態から,印象深い生薬の一つです。

 延胡索が主流本草書に初めて収載されたのは宋代の『開宝本草』で,「味は辛温で無毒。主に血を破り,産後の諸病で血病に起因するもの,婦人の月経不調,腹中の結塊,崩中,淋露,産後の血暈,下血によって暴血が衝き上げるなどの症状を改善する。酒で摩して煮て服すかそのまま煮て服す。奚国(中国東北地方)に生じ,根は半夏のようで色は黄色い」と記載されています。一方,唐代に記された傍流本草の『本草拾遺』には「心痛を止める。酒で服する」とあり,また宋代の『聖恵方』や『産書』には産後の種々の不調に酒で服することが記されているなど,以前は酒とともに服する方法が多く用いられていました。各種の炮製の中で,"酒炙"は活血通経効果の増強と矯味,矯臭,防腐などを目的としたものであることから,『開宝本草』中の「酒で摩して煮て服す」方法は,延胡索の駆お血作用を増強するための処置であったと考えられます。一方,明代の『本草綱目』では「血を活かし,気を利し,痛みを止め,小便を利す」と,それまでの産後のお血改善という主な目的に加えて止痛や利尿効果が追加され,『済生方』を引用して婦人の腹中刺痛,月経不調に用いる処方で酢を用いることが紹介されています。"酢炙"は収斂止痛効果の増強と矯味,矯臭,防腐を目的として行われる修治法であることから,すなわち延胡索は酢で加工することにより止痛薬として利用できるわけで,この効能が胃潰瘍に応用されることが多い「安中散」の中における延胡索の役割であると解釈されます。現在の『中華人民共和国葯典』中には"醋延胡索"は見られるものの"酒延胡索"が見られないのは,昨今は延胡索がもっぱら止痛薬として用いられていることを意味しているようです。

 原植物について,第12改正日本薬局方までは,韓国産のC.ternataをも含む「その他同属植物」が規定されており,わが国に自生するジロボウエンゴサクC.decunbensやヤマエンゴサクC.linearilobaなども使用されていました。植物の和名としてエンゴサクが使用されていることは,わが国産のこれらの植物が生薬「延胡索」として利用されていた何よりの証拠であると思われます。13局で中国原産の上記植物のみが規定され,昨今はすべて中国からの輸入品が使用されています。

 一方,現在中国では,ジロボウエンゴサクは"夏天無"と称して別生薬として扱われています。C.turtschaninovii forma yanhusuoとジロボウエンゴサクは植物地上部がよく似ており,効能的にも『中華人民共和国葯典』によれば"延胡索"は「活血,利気,止痛」,"夏天無"は「行血活血,通経止痛」とよく似ています。ただ,塊茎の色がジロボウエンゴサクでは類白色で黄色味がまったくなく,その点では韓国産の延胡索も同じです。おそらくこうした点でC.turtschaninovii forma yanhusuoのみが局方に収載されるようになったものと思われますが,塊茎が黄色いという点ではわが国の東北地方や北海道に分布するエゾエンゴサクC.ambigua Cham.et Schlecht.も同じで,代用品としての今後の研究が待たれます。

 生薬の異物同名品については細心の注意が必要で,最近の中国では一物一名が基本になっています。ただ,細かな基源にこだわらず気味が同じであれば同一生薬として利用してきた古代中国人の薬物に関する考え方も,資源の有効利用という観点からは一考する価値があるように思われます。

(神農子 記)