基源:ツリガネニンジンAdenophora triphylla A.DC. var. japonica Hara(キキョウ科Campanulaceae)またはその他近縁植物の根。

 沙参は『神農本草経』の上品に収載された生薬です。「味は苦で,性質は微寒。血積,驚気を主治し,寒熱を除き,中を補い肺気を益する」と記され,『名医別録』では「胃痺,心腹痛,結熱,邪気,頭痛皮間の邪熱を治療し,五臓を安んじ,中を補う」と追加されています。わが国では比較的使用する機会の少ない生薬ですが,中医学的には滋陰薬に分類され,肺経,胃経に入り,陰を養い肺を清する作用があるため,肺熱による咳嗽などにしばしば利用され,市場では良く見かける生薬の一つです。

 原植物については,わが国では一般にツリガネニンジンが充てられていますが,『中華人民共和国葯典』には,北沙参と南沙参の2種が収載され,前者はセリ科の珊瑚菜Glehnia littoralis Fr.Schmidt.ハマボウフウ,後者はキキョウ科の輪葉沙参Adenophora tetraphylla Fischer(= A. triphylla.種レベルではツリガネニンジンと同じ),あるいは沙参Adenophora stricta Miq.であるとされます。中医学では,滋陰薬としては北沙参の方が優れているとされ,一方の南沙参はもっぱら去痰に用いるなど区別されているようですが,南沙参の使用頻度はあまり高くはないようです。

 周知のように,北沙参の原植物であるハマボウフウ(浜防風)は日局収載品で,以前は防風の代用品として使用されていました。ただ,わが国では根をそのまま乾燥していますが,中国の北沙参は蒸したもので,さらに外皮が去られていて,日局「浜防風」とは外見はかなり違っています。

 わが国には「シャジン」と名のつく植物がいくつかあります。キキョウ科のイワシャジン,ヒメシャジンなどです。このようにこの仲間にはよく似た植物が多く,中国においても古くから原植物が混乱していたようです。『図経本草』に3種類の沙参の付図が描かれており,その中の1種は花序の形態から明らかにセリ科植物であることがわかります。このものがハマボウフウであるとすれば,すでに宋代から混乱していたことになります。しかし記事を見ると,「長さ一,二尺,岸壁に生え,葉は枸杞に似て鋸歯があり,七月に紫色の花を開き,根は葵根のようで・・・」とあり,明らかにセリ科植物とは異なり,やはりキキョウ科の植物のようです。

 わが国江戸時代の『本草辨疑』では,「枸杞葉のようで細かい鋸歯があり,秋に葉の間に紫色の花を開き,鈴鐸のようで白いおしべが五本出ていて・・・」とあり,また『和語本草綱目』では「今の懸鐘人参というものは沙参である」,『大和本草』では「中華から来る沙参は二種あるが・・・日本でトトキ人参というものが沙参である」と記載されています。以上の記載内容からも沙参がツリガネニンジンであったことは明らかでしょう。

 中国で北沙参と南沙参が区別されはじめた時期を考証してみますと,明代の『本草蒙筌』や『本草綱目』ではまだ「沙参」の名で収載され,付図,記載ともにセリ科植物ではありません。清代になると『本草従新』に「北沙参」と「南沙参」の両名がみられるようになり,「南沙参は功力がやや弱く,やや黄色で瘠せていて小さい」と記されていますが,その付図からはやはりセリ科植物ではなく,ともにツリガネニンジンの仲間と思われることから,ハマボウフウが利用され始めたのは案外最近のことなのかも知れません。いずれにせよ,沙参としてハマボウフウを利用することの是非は 今後検討すべき問題でしょう。

 「山でうまいはオケラにトトキ」とは美味な山菜の原植物を言ったもので,トトキはツリガネニンジンです。またハマボウフウの若い葉は香りが良く,刺身のつまやお吸い物の彩りなどによく使われます。浅学の筆者にはこれ以上のことは調べ切れませんが,両植物の混乱はともに食用野菜として利用されてきたことにも関係しているのかも知れません。

(神農子 記)