基源:セッコクDendrobium officinale K.Kimuraまたはその他同属植物(ラン科Orchidaceae)の茎。

 石斛は『神農本草経』の上品に収載された生薬で,「味は甘・平。中傷を主治し,痺を除き,気を下し,五臓の虚労による羸痩を補い,陰を強くする。久しく服すれば腸胃を厚くして身を軽くし,年を延ばす」と記載され,古来虚弱体質者の強壮を目的に使用する高貴薬として知られる生薬です。現在の中医学でも陰虚,腎虚を改善する滋陰薬に分類され,熱病による口渇,胃陰虚による消渇,腎陰虚による視力減退や腰膝のだるさと無力感などに用いられ,また一般の薬局の店頭でも売られ,民間的な利用も行なわれています。

 原植物のDendrobium属植物は世界中に900種以上が分布しており,花が奇異で美しいことから園芸植物として地域的な乱獲が目立ち,昨今はワシントン条約でDendrobium属に限らずすべての野生ラン科植物の原産地国からの移動が規制されています。

 Dendrobium属は中国に約80種が分布するとされ,古来さまざまな種類が薬用に供されてきました.市場では品種や加工の違いにより,金釵石斛,馬鞭石斛,黄草石斛,耳環石斛,その他に区別されています。薬用には新鮮なものも乾燥したものも用いられ,新鮮なものは清熱生津の力が強く,陰虚証の中でも特に熱病による傷津に用いられます。また黄草石斛は清熱にすぐれ,金釵石斛は薬力がやや劣るとされるなど,種類によってその効能に違いがあるとされています。

 陶弘景は「石斛とは石の上に生えるもので桑灰の湯に浸すと金色になる。それに対して檪樹(クヌギ)の上に生えるものを木斛と言い,茎が長大で色は浅く,とくに虚ろで長いものは丸散薬には入れず,もっぱら酒漬けにしたり煎じたりして用いる。ただ俗方では虚を補なうを以て脚膝を治療する」と記し,石上のものと樹上のものを薬効的にも区別しています。一方,『図経本草』においては「木斛は使用に耐えない」とまで記しています。現在市場でも大型のものよりも小型でより黄金色に近いものが良品とされています。一色直太郎氏も「石斛は石上に生えた茎を用いますから,質の硬い根の白いものがよろしい。根の黒いものは木に生えたものであるからいけませぬ」と,やはり石上のものを良品としています。Dendrobium属植物は樹木や岩上に着生する植物であり,種が環境の違いで棲み分けていることも考えられますが,我国に自生するセッコクは樹上にも石上にも生え,同種でも生育場所によって薬効が異なるということでしょうか。

 石斛は,現在の我国ではなじみの少ない生薬になっていますが,昔はかなり重要な薬物として利用されていたようです。『本草和名』(918)には須久奈比古乃久須禰(すくなひこなのくすね),以波久須利(いわくすり)の和名が見られます。また,『延喜式』中の,諸国進年料雑薬の中に伊豆国,美濃国の産物として記載され,『出雲風土記』にも見られます。須久奈比古(少名彦)といえば,少名彦命神社で知られるとおり,大国主命とならんで,国造りとともに皇朝医薬の祖神としても有名です。平安時代のわが国最古の医学書である『医心方』にも須久奈比古乃久須禰,また『大同類聚方』には須久奈比古乃久須利で記載が見られることなどから,石斛は神社や典薬寮に関わりの深い生薬であったことが窺えます。

(神農子 記)