基源:ネナシカズラCuscuta japonica Chois. およびハマネナシカズラC. chinensis Lam.(ヒルガオ科 Convoluvulaceae)の成熟種子。

 菟絲子は『神農本草経』の上品に収載された薬物です。同書には「続絶傷を主治し,不足を補い,気力を益し健康に肥らせる」とあり,また『名医別録』には「肌を養い,陰を強くし,筋骨を堅くし,---」とあります。また『薬性論』には「菟絲子は君薬である。能く男子女人の虚冷を治療し,精を添え髄を益し,腰の疼痛や膝の冷えを去る---」とあって,古来強精強壮薬として利用されてきました。

 原植物のネナシカズラはその名が示すように「根がない蔓性植物」です。ネナシカズラが寄生植物であることは古くから知られていました。そのことがいかにも不思議であったようで,茯苓が菟絲子の蔓を出すと信じていた古人もあったようです。「菟絲子の下には茯苓が存在する」と俗言されてきた所以です。ただし,この一件に関しては実地検分すればすぐに真偽が判ることで,多くの本草書に「必ずしもそうしたことはない」と記されています。筆者も何度となく試してみましたが,まだその事実に出合ったことはありません。却って,わが国の松林ではネナシカズラを探すことの方が困難なようです。あるいは,菟絲子の原植物とされるものには数種あって,松林の中のものはまったくの別種なのではないかとも思われます。

 ネナシカズラは一般にマメ科植物に寄生し,同じ仲間にマメダオシという植物もあります。『図経本草』にも3小葉の植物に絡みついた姿が描かれており,マメ科植物に寄生したものに違いないと考えられ,よく観察されていると感心します。わが国の野原や浅い山地にも普通に見られ,しばしば覆い繁るクズに寄生して,強健なクズを負かさんばかりに繁茂している姿を見かけます。遠目には黄色の布をかぶせたようで,近付くと黄色いそうめんのような茎が絡み合っています。葉はなく,自ら光合成は行なわず,随所で寄生相手の茎に融合するようにかたく取り付いています。茎に赤かっ色の斑点があるのも特徴です。『神農本草経』に見える別名「赤網」の由来と思われます。寄生された植物は,その部分から上は明らかに茎が細くなって成長が悪く,養分が横取りされていることは明らかです。初夏に白色の小さな花を咲かせますが,いくら説明を受けてもこれがヒルガオ科の植物,すなわちアサガオの仲間だとは信じることができません。また,海岸近くにはさらに茎の細いハマネナシカズラがあり,先日は蔓荊子の原植物であるハマゴウに絡み付いているのを見かけました。中国では本種が主用されているようです。

 菟絲子はわが国ではめったに使用される薬物ではありませんが,中国市場ではよく見かけます。紫蘇子よりもさらに小さな粒で,よくぞこれだけ集められるものだと見るたびに感心します。一般には酒に浸したのちに乾燥して粉末にし,丸薬として服用されることが多いようです。

 「菟絲」の名前の由来については本草書には多くは語られていませんが,中国の民話の中に,腰を強打したウサギがこれを食して癒えたのを知って,同様な症状で寝たきりの老人が試して著効を得たのが語源であると語られています。打撲による腰脚弱の治療薬としての発見が薬用のきっかけであったというわけです。

 古人が摩訶不思議なものに薬効を求めた心境はよく理解できます。とくに不老長生薬にそうしたものが多いように思われます。「天麻」,「桑寄生」などです。寄生植物は他の植物の精を奪って生きているわけで,人々がそれにあやかろうとしたのはごく自然な発想であったでしょう。菟絲子もそうした薬物の一種ではなかったでしょうか。それにしても,採集利用しやすい蔓性の茎ではなく,細かな種子のみを薬用にした理由までは理解できません。

(神農子 記)