基源:「石蓮子」はハスNelumbo nucifera Gaertner(ハス科Nelumbonaceae)の成熟果実,「蓮肉」はその殻と芯(胚)を去った種子。

 薬用としてのハスは『神農本草経』上品に「藕實」の名で初収載され,「味甘く,平。中を補い精神力を養い,気力を益し,すべての疾病を除く。長期間の服用は身を軽くし,老いず,飢えず,年を延ばす」とあり,『名医別録』で性「寒」と一名「蓮」の名が追記されました。その後「藕」よりも「蓮」の名が一般的となり,生薬も「石蓮子」「蓮実」「蓮子」などと称されるようになりました。

 ハスは日本から中国,インドにかけてのアジアとオーストラリア北部に分布する多年生の水草です。地下茎から出る葉は大型で,直径30〜50cmの円形を呈し,中心に1メートル以上になる長い葉柄がつく盾状葉で,浮葉(水面に浮く)と水上葉(水上に抜き出る)の別があります。花は大型で白色あるいはピンク色。果実はだ円形で大型の果托に点在し,その様子が蜂の巣のようなので「はちす」と呼ばれ,それが訛ってハスになったとされます。

 ハスは春,他の植物よりも遅めに葉を生じ,夏に花が咲き,花が落ちて蓮房(花托)に実がなり,秋になると房が枯れ,実は黒く石のように堅くなります。これを「石蓮子」といいます。その黒い殻を去りさらに中央の緑色した芯(胚)を去ったものが「蓮肉」です。陶弘景は「蓮子は8,9月に黒く堅いものを採り,乾燥して搗き破る」とし,李時珍は「薬に入れるには必ず蒸熟して心(芯)を去り,あるいは晒し,あるいは焙乾して用いる。また性は温である」としています。殻を去り蒸熟することにより温性に変化するものと考えられます。また,去芯について,李時珍は『本草拾遺』を引用して「(芯により)人は吐をなす」と記しています。胚には数種類のアルカロイドが含まれ,苦みがあります。胚は特別生命力が強くてヒトに対する生理活性も強いのでしょうか,取り除いた芯は「蓮芯」として清心,解熱,安神,止渇作用のある別生薬として使用されます。

 蓮子には清心,除煩の効があり,主薬として配合される「清心蓮子飲」は,心熱を去り,さらに腎虚による遺精や頻尿の改善に使用されます。蓮肉のみにするとさらに益脾,養心,止泄,固精などの効能が強くなり,脾虚による久瀉,夢精,失眠,崩漏帯下,久痢下血などに応用されます。こうした薬能はまさしく滋養強壮であり,中国では蓮肉は日常よく食用にもされます。多量の澱粉やタンパク質,脂肪などを含み,補剤として薬膳に粥などに入れて利用され,また月餅の餡など菓子にもよく利用されます。葯店はもとより,超級市場(スーパーマーケット)でも売っています。大粒でより白いものが良品とされます。また生の蓮肉には養胃,清心の作用があり,シーズンになるとまだ緑色した実が蓮房に入ったままで売られています。

 植物分類学的には,ハスNelumbo nucifera Gaertnerはこれまでスイレン科(Nymphaeaceae)に分類されていたのですが,近年ではハス科(Nelumbonaceae)として独立させる説が有力です。スイレン科植物の花粉が単溝粒,周溝粒であるのに対し,ハスの花粉は3溝粒であること,またハスが含有するアルカロイド類はスイレン科よりもキンポウゲ科に近いことなどの理由があるようです。そういえば,ハスとスイレンは良く似ていますが,薬用価値を考えても雲泥の差があります。

 ハスの花や葉は,日本ではもっぱら仏事にのみ用いられますが,インドやスリランカでは国花であり,仏事のみならず,めでたい花として結婚式など慶事にも欠かせない植物です。薬用としても種子以外に先述の胚(蓮芯),花(蓮花),雄蕊(蓮須,蓮髭),果托(蓮房),葉(荷葉),地下部(藕節),その他様々な部分が別生薬として利用される利用価値の高い有用植物です。食用としてのレンコンも血を益し,血を止め,中(消化吸収機能)を調える作用があり,中国では乾燥粉末にした「藕粉」も市販され,料理の教科書によく登場します。葉も種々の食材を包んで蒸し料理に利用されます。わが国でも,もっと多様に利用されて良い植物だと思われます。

(神農子 記)