基源:リュウガンDimocarpus longan Lour. (= Euphoria longan (Lour.) Steud.)(ムクロジ科Sapindaceae)の仮種皮を半乾燥したもの。

 龍眼肉は『神農本草経』の中品に「龍眼」の名で収載され,「味甘平,五臓の邪気を主治し,志を安んじ,食に厭しむ(満足する)。久しく服用すると魂を強め聡明にし,身を軽くし,老いず,神明を通じる。一名益智」と記されています。

 原植物のリュウガンはムクロジ科の高木で,古来なにかにつけて,同科のレイシ(茘枝)と比較されてきました。『新修本草』の中では「龍眼の樹は茘枝に似ている」,『開宝本草』では「一名は亜茘枝・・肉は茘枝より薄く,甘美で食に堪える」,『図経本草』では「龍眼は茘枝の出るところに生じ,茘枝の時期が過ぎるとすぐに龍眼が熟する。故に南方の地ではこれを指して茘枝奴という。」と記されています。また,『新修本草』では「味は甘酸」と記されていますが,龍眼の味は古来「甘」であり,甘酸は茘枝の味とされています。また,図経本草に附されている2つの図は実のつき方から果実期のリュウガンと,もう一方は果実期のレイシのように思われることから,唐・宋代の頃には龍眼と茘枝に混乱があったことが推察されます。このように,リュウガンとレイシが比べられるのは,基より両者が似ているからに他なりません。ともに10メートルを超える常緑高木で,2?4(5)対の偶数羽状複葉であることはよく似ています。ただし,果実に関してはリュウガンはレイシに比して二まわりほど小型で,外皮の色が黄と赤で異なり,また果肉の色や食感はよく似ていますが味がかなり異なります。なお,食する部分は仮種皮と呼ばれる種子の付属物です。

 果実の中には大きな黒い種子があり,名前の由来はこれを龍の眼に見立てたものと思われますが,中国の伝説に,「悪龍退治で犠牲になった若者の墓にえぐりとった龍の両眼を葬ったところ,2本の木が生えてきて実をならせたことから名づけられた」とするものがあります。科を代表するムクロジの漢名が「無患子」で,『植物名実図考長編』には語源として「昔,神巫がこの木で作った棒で鬼を退治した」話が載せられ,また『山海経』にも桓の原名で「果実を酒に漬けて飲むと邪気を防ぐ」とあるそうです。わが国ではムクロジの種子を正月の羽根つきの玉に利用しますが,その利用は中国でのこうした破邪伝説と関連しているのかもしれません。

 現代中医学では竜眼肉は補益薬,養血薬に分類され,補益心脾,養血安神の効果を期待して薬用にされます。一方の茘枝は生津止渇,補血止血,理気止痛の効能を有しているとされ,このことは両者が,類似しているとは言え,薬用としては互いに代用し得ないことを示しています。

 生薬「龍眼」の品質について,一色直太郎氏は「皮殻は褐色で球円形をなし,大きくてその皮殻の破れていない内部に果肉の多い潤いのあるものがよろしい。玉竜眼肉といって,果肉のみを集めたものもありますが,その表面が滑澤で縦の條紋がありますので,別種のものかと思う。」と良品を述べると共に,果肉のみでの鑑別の困難さを記しています。龍眼肉はそのまま食しても美味な生薬です。

 初夏に東南アジアを旅行しますと,果物店の店先にこれらの果物が枝ごと縛られて売られているのを見かけます。時期的にはレイシの方がわずかに早いです。レイシは食感が大型のブドウの様で美味で,楊貴妃が嗜好したことは有名です。一方のリュウガンには独特の香りがあり,人によっては好き嫌いがあるのではないかと思われます。果物としてはレイシの方が一枚上のようですが,薬用としては龍眼の方が尊ばれるのはこの独特な香気にあるような気もします。そう言えば,八宝茶に入っているのも龍眼で,健康食品としてもレイシに勝っているようです。

(神農子 記)