基源:ハナトリカブトAconitum carmichaeli Debeaux 又はオクトリカブトA. japonicum Thunb.(キンポウゲ科Ranunculaceae)の塊根を以下の3種のいずれかの方法で加工調製したもの。1:高熱蒸気処理。2:食塩,岩塩又は塩化カルシウムの水溶液に浸せき後,加熱又は高圧蒸気処理。3:食塩の水溶液に浸せきした後,石灰を塗布して加工。日局では加工法により「ブシ1」,「ブシ2」,「ブシ3」と区別し,総アルカロイド含量はそれぞれ0.7〜1.5%,0.1〜0.6%及び0.5〜0.9%を含むなどと並列規格が設定されている。

 附子は鎮痛,新陳代謝賦活,利尿,強心を目的に桂枝加朮附湯,牛車腎気丸,八味地黄丸,真武湯,麻黄附子細辛湯,大防風湯などの処方に配合される重要な生薬で,原植物であるトリカブト属植物は,世界に約300種が北半球の温帯〜寒帯に分布しています。アコニチンに代表される有毒アルカロイドを含有し,使用に注意が必要な生薬です。

 附子は中国では古くから栽培が行われ,最近ではわが国でも北海道や東北地方を中心にハナトリカブトの栽培が行われるようになりました。これまで,わが国ではトリカブトは耐暑性に劣ることや高温多湿条件下で発生する病害虫の防止を考慮して,比較的寒冷な地域が栽培地として選ばれていたのですが,中国では四川省をはじめとした比較的温暖な地域が栽培適地に奨励されています。そこで滝ら(2004)はわが国における温暖地域での栽培による生育と塊根部の化学成分含量の季節変動を調査しました。

 栽培地として,茨城県(北緯36度0分)が選択され,岩手県で収穫されたハナトリカブトの子根が1年間(1992年10月〜1993年10月)栽培されました。対照地として北海道(北緯42度2分)でも同様に栽培されました。

 10月に定植した子根は茨城県では3月,北海道では5月に萌芽が確認されました。なお,苗の供給元の岩手県においては4月の萌芽が確認済みです。これら3地域で萌芽時期はやや異なりますが積算温度はいずれも約40℃に達していたことから,ハナトリカブトが萌芽のために必要な積算温度が明らかになりました。

 地上部の生長については,茨城県では8月中旬に開花し,翌月に最大草丈69.8cmとなり,北海道では9月中旬に開花し,草丈は47.1cmでした。これらは日照時間に影響を受けているようです。塊根の重量は,おおむね地上部の重量増加に伴って増加しましたが,北海道で栽培した母根では重量に経時的変動が見られず,ほぼ一定でした。

 附子の品質を示す総アルカロイド含量は,母根については両地域とも開花時以降徐々に減少し,10月に最も低い値を示しました。子根のアルカロイド含量は,茨城県栽培品では徐々に増加しましたが,北海道栽培品は6月〜7月にかけて急激に減少し,その後変化は見られず,7月以降は茨城栽培品の方が高い値を示しました。また,子根の重量とアルカロイド含量間には,子根が小さいほどアルカロイド含量のばらつきが大きいことが知られています。収穫期前後を含む8月〜10月において北海道栽培品では10g以下が約45%,10g以上が約55%(11.5個)に対し,茨城県栽培品では10g以下が約27%,10g以上が約73%と重いものが多いことがわかりました。この結果から茨城県栽培品の方がアルカロイド含量が安定していることが示唆されました。

 以上の結果,中国において温暖地域が栽培適地とされる理由のひとつとして,生育が早く,子根のアルカロイド含量が早期に減少し低く安定するためであると考えられ,わが国でも温暖地での栽培を検討する価値のあることが窺えました。また滝らは,ハナトリカブトを栽培するにあたって,地域毎の環境変化における生育及び品質の季節変動パターンを把握し,適切な収穫時期を選定することが重要であると述べています。

(神農子 記)