基源:ゴショイチゴRubus chingii Hu (バラ科Rosaceae)の未成熟集合果を乾燥したもの。

 覆盆子は『名医別録』の上品に「味甘平,無毒。気を益し,身を軽くし,髪を白くしない。五月に採集する」と収載されています。現代中医学では収渋薬に分類され,益腎固精,益腎縮尿や肝腎不足による視力減退を目的に用いられます。原植物として,『中華人民共和国薬典』ではバラ科キイチゴ属のRubus chingii Huが規定され,主に浙江,福建,湖北でこの未熟集合果が採集されていますが,陝西,四川ではトックリイチゴRubus coreanus Miq. も利用されるようです。また,韓国では主としてクマイチゴR. crataegifolius Bungeの未熟集合果が利用され,地方的にはトックリイチゴR. coreanus Miq. なども,強壮,老化防止薬として利用されています。ゴショイチゴに由来するものは円錐形〜球形を呈し,表面は黄緑色あるいは淡褐色で,上部は鈍円,底部は扁平,形が整い,大型のものが良品です。

 覆盆子は『名医別録』収載品ですが,『神農本草経』の上品に「蓬蘽」という生薬が収載されていて,「味は酸鹹平。五臓を安んじ精気を益し,陰を長じ志を堅強にし,力を倍にし,子を有する。久しく服すると身を軽くし老いることがない。一名覆盆」とあり,このものは覆盆子原植物の茎か根であったと考えられています。蓬蘽にはやはり強壮剤としての効能があるとされ,同じ木の未熟集合果には渋味があるため,強壮に加えて収渋薬として別に利用されたことが考えられますが,蓬蘽と覆盆子の原植物は別であるとする説もあり,詳細は不明です。

 覆盆子の名称は盆を転覆させたという意味で,盆の上にものを乗せたままの形でひっくり返した様子を言ったもので,これは懸垂して付く実の萼を盆に見立てて形容したものに違いありません。キイチゴの仲間は数多くありますが,概ねみな同じような実を付けます。

 キイチゴの仲間はヨーロッパではラズベリーの名前で知られ,生食のほかジャムにして食されます。ジャムの色はイチゴジャムに似ていますが,プチプチとする感触の堅いタネが入っている点が特徴的です。種子をよく見ると半月型をしていて,これは日本のキイチゴ類のものと同じです。最近では園芸店でもラズベリーの苗が売られていて,しばしば人家で立派に育っているのを見かけますが,完熟した実が樹にたくさん残っているところを見ると,ヨーロッパのようには食用に利用されていないようです。赤く熟す種類や黒く熟す種類などがあります。日本の野生種でもクマイチゴは赤く熟し,食べて美味しいモミジイチゴやカジイチゴはオレンジ色に熟します。

 ところで,いわゆる「野いちご」とは何を指しているのでしょうか。野にあるイチゴですからヘビイチゴ(蛇苺)だと思っている人も多いようですが,ご存知のようにヘビイチゴの実は毒にはなりませんが食用には不向きです。摘んで食べる野いちごの原植物だとは考えられません。植物学的にも Duchesnea属で属が異なります。中国ではヤブヘビイチゴの全草を蛇苺の名称で薬用にします。一方,食用にされるイチゴはFragaria属植物で,熟した実には独特の香りがあります。おそらくヨーロッパにおける野いちごはこのFragaria属の野生種だと考えられます。日本には本属の野生品としてノウゴイチゴなどがありますが,高山帯に生える種で,一般的ではありません。とすると,野いちごは背が低くて草のように見えるキイチゴの仲間ではなかったかと思われます。クサイチゴやバライチゴがその代表種でしょうか。実際,クサイチゴの実は美味しく食べられます。もちろん,先述のモミジイチゴのように背が高いキイチゴ属植物であった可能性もあります。

 いずれにせよ,キイチゴの仲間はヨーロッパでは広く栽培利用されているのですが,日本ではそのようなことがありません。薬用,食用にもっと利用されても良い植物だと思われます。高齢者の強壮薬であるとすれば,さらなる利用が期待されます。

(神農子 記)