基源:スホウCaesalpinia sappan Linne(Leguminosaeマメ科)の心材。

 蘇木(別名:蘇方木)の原植物スホウCaesalpinia sappanは,インドからマレー半島に産するマメ科ジャケツイバラ属植物の常緑樹です。高さは5〜10メートルほどになり,日本に自生する同属のジャケツイバラと同様,枝に小さい刺を有するのが特徴で,葉は2回羽状複葉で,小葉は長楕円形で革質。花は頂生または腋生の円錐花序を作り,直径9 mmほどの美しい黄色花を多数つけます。種小名のsappanはマレー語Sapang(サパン)に由来し,李時珍は,マレー(蘇方国)原産であることから,蘇木と言うとしています。わが国では,第15改正日本薬局方から収載されました。

 蘇木が本草書に初収載されたのは『新修本草』で,蘇方木の名称で「味甘鹹平,無毒。血を破る。産後の血が脹悶し,死なんとする者に,五両を水あるいは酒で煮て,濃汁を取りこれを服用すると効果がある」と記されています。李時珍は「三陰の経の血分の薬であり,少しを用いれば血を和し,多くを用いれば血を破る---偏墜腫痛に蘇方木二両を好酒一壺で煮熟して頻りに飲むとたちどころに効果がある」とし,その他にも『胡氏方』や『普済方』中の処方を引用して,「産後の血運には蘇木3両を水5升で煎じ,脚気腫痛には蘇木少量を水2斗で煎じる。産後の気喘には蘇木2両を水2碗で煎じ,破傷風病には散にして3銭を酒で服す」と記載されているように,唐代以降,概ね同様の薬効で利用されてきたことがうかがえます。

 現在の中医学では理血薬として活血去瘀・消腫止痛に働く薬物とされ,血瘀による月経痛や無月経,あるいは産後の瘀阻による腹痛や打撲外傷の腫脹また疼痛改善を目的に,「通経丸」,「八厘散」,「通導散」などに配合されます。

 原産地のインドではRuktamuktaあるいはPattangaと称され,材は強力な収斂作用を有する通経薬とされます。Logwood(アメリカや西インド諸島に産するマメ科のHematoxylon campechianum)の代用品として,煎じ液や滲出液を月経促進に,またアトニーによる下痢や赤痢に使用されています。また外用薬として,ペーストは各種皮膚疾患,特に苔癬に効果があり,クズウコンのでんぷんとスホウの赤色色素で作られた"Gulat"と呼ばれる薬剤は耳漏に使用されます。インドネシアでは「スチャン」の名称でジャムゥの薬剤として利用されているようです。このように原産地で薬用に繁用されていたものが世界各地に広がったものと思われます。

 わが国では『本草綱目啓蒙』に,日本に蘇方木はなく蠻国から輸入されるものが多いことや,楊弓の作製に利用され,その削りクズを染色に利用したという記載がみられます。また『和漢三才図会』に,「南方から多く輸入され,その汁で煎じれば帛や紙を濃赤色に染める。倭の蘇方木は樹皮が濃白色で,葉は菝葜の葉のように薄く光沢がある。花は淡紫色で実の大きさは麦粒ほどで莢は紫藤子のように小さく中に細子がある。---倭で蘇木というのは紫荊である」とあり,わが国では蘇木と紫荊の混同が窺えます。紫荊は和名ハナズオウで,原植物はマメ科のCercis chinensisです。同じマメ科ではありますが属が異なり,花はショッキングピンクに似た紫色を呈しています。この紫荊の木部や樹皮は「宿血を破り,五淋を下す」とされ,濃煮汁が服用されました。

 蘇木の品質について,一色直太郎氏は「外皮は白色であるが,内部の木心はなるだけ深赤色を呈しているものがよく,黄赤色を呈している若い木のものはよくない」とし,『本草綱目啓蒙』には「古渡りのものは色が濃く,新しいものは色が浅くて下品」とあります。また『中薬大辞典』では「太く,堅く,紅黄色のものが良品」としています。この赤色色素は無色のブラジリンが酸化によってブラジレインとなったもので,若いものや新しいものが下品とされ,また古渡り品が良品とされる判断基準として,ブラジレイン量が目安にされたようです。

(神農子 記)