基源:トウヒレン属植物Saussurea lappa Clarke (キク科Compositae)の根。

 木香は『神農本草経』上品に「味辛。邪気,主に毒疫,温鬼を避け,志を強くし,淋露を治する。久しく服用すると夢に襲われなくなる」と収載され,現代中国医学では気分を調え,気滞を消除する行気薬として,行気止痛,健脾消食・止瀉などを目的とした処方に配合されます。

 木香は古い時代に西域からもたらされた薬物であると考えられ,インド医学(アーユルヴェーダ)では催淫剤,疲労回復薬,肌色の改善,白斑,丹毒,疥癬,白癬などの治療,血液疾患,気管支炎,嘔吐,疥癬(皮癬),癲癇,頭痛,ヒステリーなど,幅広く利用されています。さらに西側のユナニー医学においても,解毒,駆風,鎮痛,駆虫,通経,催淫,強壮薬などとして,また脳への刺激,血液疾患の治療,肝臓病,腎臓病,頭痛の治療,胸部と関節の痛み,かんしゃく,喘息,咳,炎症,眼炎,老人の発熱,等々,より広範囲な薬効をもつ薬物として用いられてきました。このようにたいへん需要の多い薬物であったために,自然と浸透するように中国に入ってきたものと想像されますが,陶弘景は「もっぱら香合に利用して薬用にはしない」と記しています。一方,その後の『新修本草』には陶弘景の言を否定する文章が載せられていることから,木香には香合に利用するものと薬用に利用する別物があったことも考えられ,このことが後に基源が大きく混乱した理由であったのかも知れません。

 木香の名称について李時珍が「元々,蜜のような香気があることから蜜香といわれたが,沈香の別名にも蜜香の名称があったため,混乱を避けるため草本であるにもかかわらず木香の名で呼ばれるようになった。また,以前青木香と呼ばれたこともあったが,後に馬兜鈴の根を青木香と呼ぶようになったため,南木香や広木香の名で呼ばれるようになった」と記しているように,木香の名称や原植物には古い時代から混乱があり,少なくとも宋代の『図経本草』の付図には現在正品とされているキク科植物由来のものは掲載されていません。

 木香の原植物は,現在正品とされるキク科のSaussurea lappaのほか,主なものとしてウマノスズクサ科のAristolochia debilis Siebold et Zucc.(青木香。土青木香ともいわれる)やキク科のオオグルマInula helenium L.(土木香)がありますが,中国北部では青木香の名でオオグルマの根が用いられたり,その他川木香の名称でVladimiria soulieiの根が利用されるなど混乱が見られます。また過去には,川木香にInula racemosaあてられていたことがあり,本種はインドでは痰の排出を促し,皮膚の硬化を溶解する目的で使用されており,カシミール地方ではSaussurea lappaに混じて用いられています。

 現在の『中華人民共和国薬典2005年版』には,木香と川木香が別に収載されており,木香はAucklandia lappa Decne.(=Saussurea lappa)の乾燥根,川木香はVladimiria souliei (Franch.) Ling 或は毛川木香Vladimiria souliei (Franch.) Ling var. cinerea Lingの乾燥根と規定されています。両者の気味と帰経はほぼ同じで,期待できる効果も行気止痛の面ではほぼ同様です。ただ,川木香に比して芳香が強い木香は抗菌作用を有し,加えて健脾消食の効能も期待できます。中国医学において,木香は生用で行気止痛,?くと止瀉に働き,また精油を含むので長く煎じてはならず,後下すべき生薬とされます。なお,Aristolochia属に由来する青木香にはアリストロキア酸を含有するので,使用には注意が必要です。

(神農子 記)