基源:センダン Melia azedarach L. およびトウセンダン M. toosendan Siebold & Zucc. (センダン科 Meliaceae)の成熟果実、樹皮、根皮

 センダンの名は、『大和本草』に「和名をアフチという。近俗センダンという」とあり、江戸時代頃から使われ始め、古くは「アフチ」とよばれていました。『万葉集』には「アフチ」を詠んだ歌がいくつかあり、また、『枕草子』、『徒然草』などの古典にも「アフチ」が登場することから、古の人々はセンダンを好んで鑑賞していたようです。なお、「栴檀は双葉より芳し」という諺にある栴檀はビャクダン Santalum album L.(白檀)のことで、全くの別植物です。

 センダンは街路樹や庭木としてよく植えられる落葉高木で、枝は太く四方に広がり、その先に、大型の葉が数枚集まってつきます。5〜6月ごろ、葉腋から大型の花序を出して淡紫色の花を多数咲かせ、楕円形の果実が10月頃に黄色に熟し、葉が落ちたあとも長く枝に残ります。トウセンダンは中国原産で、日本でも栽培されており、センダンより果実がやや大きい特徴があります。

 生薬としての「苦楝子」は、『神農本草経』の下品に「楝実」の原名で「味苦、寒、温疾、傷寒大熱煩狂をつかさどる。三蟲疥瘍を殺す。小便や水道を利す」と収載されました。「苦楝子」の名が初出するのは『図経本草』で、「楝実はすなわち金鈴子である。荊山の山谷に生じ、今は処々にある。蜀川に産するものが佳い」と記されています。産地については『本草綱目』の中で李時珍も「川中のものを良しとする」と述べ、古来四川省産が良質品とされ、「川楝子」の名もあります。また『名医別録』には根が収載され、『日華子本草』には「楝皮、苦、微毒、遊風熱毒、風疹、悪瘡、疥癩、小児の壮熱を治す」と、樹皮が記載されています。現在の『中華人民共和国薬典』には、「川楝子」としてトウセンダンの成熟果実が、「苦楝皮」としてトウセンダンあるいはセンダンの樹皮および根皮が収載されています。果実は駆虫、鎮痛薬として、疝痛、脘腹脹痛、回虫症による腹痛などに応用し、樹皮および根皮は駆虫薬として内服し、また疥癬などの皮膚疾患に外用されます。回虫駆除効果は樹皮より根皮の方が高く、採集時期は冬もしくは春の発芽前がよいとする報告があります。一方、苦楝皮には毒性があり、めまい、頭痛、睡気、むかつき、腹痛などを引き起こします。重い中毒の場合には、呼吸中枢の麻痺、内臓出血、中毒性肝炎、精神異常、視力障害などがあらわれることがあります。また、苦楝子にはより強い毒性があるとされ、これらの服用には慎重な注意が必要です。

 日本では民間的にセンダンの果実、樹皮、根皮などが利用され、ひび、あかぎれ、しもやけに果実をすりつぶした汁あるいは酒で煎じた汁をつける、耳が腫れて痛む場合に果実をすりつぶして綿に包んで耳の中へ入れる、回虫の駆除に樹皮を煎じて飲む、口内炎に根皮を煎じた汁でうがいをする、疥癬に根皮を酒で煎じて塗るなどの方法が知られています。

 また、インド伝統医学アーユルヴェーダでは、同属のMelia azadirachta L.(英名:Neem)の樹皮、葉、果実などあらゆる部位を薬用にし、皮膚病、泌尿障害の治療や、解熱剤、駆虫剤として用いられています。インドでは、Neemは日常の生活衛生にも取り入れられ、やわらかい小枝は歯ブラシとして利用されます。その他、歯磨き粉や石鹸などにも利用されています。また、『ネパール・インドの聖なる植物』によれば、Neem には悪霊を追い払う力があるとされ、産屋の戸口の外でNeem の葉や枝を焚き、煙で悪霊が部屋に入り込むのを防ぐ風習のあることが記されています。

 厄除けに関しては、陶弘景が「五月五日に葉を取っておび、悪を避ける」と記しているように、中国でもセンダンの仲間に邪気を払う力があると信じられていました。日本でも端午の節句にセンダンの葉を菖蒲のように軒に挿したりしたと伝えられています。

 このように日本、中国、インドで、センダンの仲間が同じように駆虫薬また厄除けに利用されてきたことは、伝承医学の起源や伝播を考えるとき、たいへん興味深く思われます。

(神農子 記)