基源:クスノキ科(Lauraceae)のゲッケイジュ Laurus nobilis L. の葉

 ゲッケイジュの葉は,「ローレル」「ローリエ」「ベイリーフ」などの名で知られ,独特の芳香を有し,主に料理用スパイスとして知られています。生のままあるいは乾燥してシチューやスープを作る際に加え,料理の風味を増したり,肉や魚の臭みを消したりするために使用されます。

 ゲッケイジュは,トルコ,ギリシャからイタリア半島にかけての地中海北部沿岸地方が原産地とされていますが,有用植物として古くから各地で栽培されてきたことから,野生の分布域は今でははっきりしません。現在では世界中に栽培が広がり,日当たりが良い場所を好み,日本へは20世紀初めにフランスから渡来して以来,各地で植栽されています。ゲッケイジュは常緑樹で,大きいものでは高さ 12m にもなります。雌雄異株で,日本では雌株は比較的少ないと言われています。葉は,互生し長楕円形で,全縁でやや波状をなし,長さは約 8cm,深緑色を呈し,滑らかでつやがある革質です。秋に果実をつけ,黒紫色に熟します。葉,果実ともに芳香があり,精油成分として,ゲラニオール,シネオール,オイゲノールなどが知られています。

 西洋では,ギリシャ神話に登場する植物としても親しまれています。愛の神エロスを嘲笑したアポロンは罰として黄金の矢を射られ,ダフネを熱愛するようになりました。しかし,ダフネはアポロンを拒絶して逃げ回り,最後にはアポロンからの難を逃れてゲッケイジュに変身して純潔を守ります。そして,これを悲しんだアポロンはゲッケイジュを神木に定めることにしたという話です。アポロンは,詩歌,音楽,弓術の神であることから,古代ギリシャにおいては競技などの勝利者の栄誉をたたえてゲッケイジュで作った「月桂冠」が贈られるようになりました。「月桂冠」は現代でも「オリンピック」競技などにおいて名誉の象徴とされます。

 また,ゲッケイジュは古い時代のヨーロッパでは万能薬と考えられ,ローマ時代には見習いの若い医師がゲッケイジュを頭に飾る習慣があったとされています。紀元1世紀ごろに書かれた『ディオスコリデスの薬物誌』によると,「ゲッケイジュの葉の薬効として,暖め,和らげる作用を持つ。煎じ汁で坐浴をすると,子宮や膀胱の痛みに効果がある。緑葉には多少の収斂作用があり,細かく砕いて塗れば,スズメバチやミツバチに刺されたときの治療によく,オオムギやパンとともに塗れば,各種の炎症を鎮める効能があり,またこれを服用すれば胃を和らげ,嘔吐させる。一方,ゲッケイジュの実は葉よりも熱性が強く,実を細かく砕いた後,ハチミツやレーズン酒と練って服用すると胸部にたまった痰などに効く。また,実の搾り汁は疲労回復剤や熱性の香油などに配合される。また,根の皮をブドウ酒とともに服用すると,結石を溶かし,肝臓病にも効く」とされています。

 中国では,L. nobilis は自生していませんが,現在ではこの植物に「月桂」という名がつけられており,和名「ゲッケイジュ」はこの中国名に基づいています。L. nobilis に「月桂」の中国名を当てたのは19世紀末に出版された『華英字典』が最初とされています。『中薬大辞典』には「月桂子」が収載されており,精油に抗真菌作用があると記されていますが,現在ではほとんど使用されていません。また,中国の本草書では『本草拾遺』に「月桂」の名前があり,果実を小児の耳後の月蝕瘡に用いるとされます。しかし,北村四郎によると,この書中の「月桂」の原植物はゲッケイジュではなくCinnamomum属植物の一種ヤブニッケイであるとされ,また一説にはモクセイであるともいわれます。19世紀末ごろを境に「月桂」の原植物が異なることから注意が必要です。一方,古代中国では月の中には切っても枯れない桂の大木があると信じられており,この木を「月桂」としていました。L. nobilis が「月桂」と名付けられたのは,この植物の葉から放たれる香りが地球上のものではないほど芳しく,月の中に生えるという桂の樹のにおいのように思われ,またこの植物が常緑であるため永遠に枯れることがないように思われたからなのかも知れません。

 

(神農子 記)