基源:キク科(Compositae)のフキタンポポ Tussilago farfara L. の花蕾

 「款冬」の名称について,李時珍は「款の意味は至であり,冬の至れる時期に花が咲く草という意味である」と述べています。この名が示すように,款冬花の原植物であるフキタンポポは,まだ雪が残る早春のころ,葉が開く前に,花茎の先端に黄色で直径3cmほどの頭花を咲かせます。フキタンポポはヨーロッパから中国にかけてのユーラシア大陸,アフリカ北部などに普通にみられる植物です。日本には自生していませんが,観賞用に栽培されています。

 中国医学では,フキタンポポの花蕾が「款冬花」と称して用いられてきました。『神農本草経』の中品に「味辛。温。欬逆上気で善く喘するもの,喉痺や諸々の驚癇,寒熱,邪気をつかさどる」と記され,さらに『名医別録』では「消渇で呼吸に喘息するもの」と記されるなど,鎮咳,去痰の効がある生薬です。処方中では,『金匱要略』出典の「射干麻黄湯」に配合され,咳が出て呼吸困難がある場合などの治療に用いられます。また,『図経本草』には款冬花をいぶした煙を吸引することで,慢性の咳嗽を治療するという特徴的な使用方法が記されています。この方法は,蜜で湿らせた款冬花を鉄の鍋に入れ,素焼きの碗で蓋をし,この碗に小さな穴をあけて竹筒をさしこみ,碗と鍋の合わせ目や筒をさした穴のすきまを泥でふさいだ後に鍋の下で炭を燃やし,竹筒から出てくる煙を吸い込むという方法です。

 フキタンポポの学名 のTussilago は,ラテン語のtussis(咳)とago(駆逐する)の合成語であり,「咳を治す」という意味です。ヨーロッパでは,ギリシャ,ローマ時代から呼吸器系疾患を治療する代表的な薬として使われてきました。薬としての利用方法については,『ディオスコリデスの薬物誌』に「葉を細かく砕き,患部に当てると,丹毒とあらゆる炎症を治す。乾燥した葉を燻して,その煙を管を通して吸い込むと,乾いた咳,起座呼吸の患者を治す。この煙を口から吸うと,胸につまったものを取り除く作用もある。根を燻蒸しても同様の薬効が得られる」と記されています。また,薬用の知識は,日本にも伝わり,葉は「ファルファラ葉」と称し,かつては『第3改正日本薬局方』に収載されたこともあります。このように,フキタンポポは洋の東西で,呼吸器系の治療に用いられてきたことや,燻した煙を吸い込んで治療を行う方法など,薬としての使用方法に共通した点が多くみられます。

 一方,日本では款冬花の原植物として,古来フキPetasites japonicus (Siebold et Zucc.) Maxim. があてられてきました。平安時代に書かれた深根輔仁の『本草和名』では,「款冬 和名也末布布岐(ヤマフフキ),一名於保波(オホハ)」と記されており,以来,江戸時代の本草書に至るまで,款冬にフキがあてられており,『古方薬品考』の図にもフキが描かれています。その後,近代に至って松村任三博士が Tussilago farfara を款冬花とし,次いで牧野富太郎博士がフキは款冬ではないとして従来の誤りを正したことを北村四郎博士が述べておられます。なお,Tussilago farfara の和名をフキタンポポと命名したのは,牧野富太郎博士です。

 フキは,日本人に最も親しみのある山菜であると同時に,民間薬として用いられ,フキノトウを煎じて飲むと咳を止め痰をとるのによいとされ,また,胃腸を健やかにするとされます。フキの葉,茎,根などは,打ち身の湿布やヘビに咬まれた際の傷の手当てなどに用いられてきました。

 ヨーロッパ,中国,そして日本における鎮咳去痰薬としての共通した薬効については一考が必要でしょう。日本の場合は,中国の款冬をフキに充てたことが発端であると考えられますが,中国における薬効がヨーロッパから伝来した可能性についてはどうでしょうか。燻した煙を吸い込んで治療するという共通した方法は,ヨーロッパではギリシャ,ローマ時代にまで遡るようですが,中国では前述のごとく『図経本草』すなわち宋代に記録されました。その頃,中国で大黄を見つけたヨーロッパ人が煙を吸引する方法を中国に伝えたとは考えられないでしょうか。浅学の筆者にはこれ以上の考察力はありませんが,ただ遠い昔に想いを馳せることで十分楽しんでいます。

(神農子 記)