基源:バラ科(Rosaceae)のワレモコウ Sanguisorba officinalis L. の根および根茎

 秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花
 萩の花 尾花葛花 瞿麦が花 女郎花 また藤袴 朝顔が花

 これは万葉集にある山上憶良が詠んだ有名な歌で,秋の七草の由来とされています。朝顔はキキョウを指すという説が有力で,その他,ハギ,ススキ,クズ,ナデシコ,オミナエシ,フジバカマと,夏の暮れから秋を代表する花が名を連ねます。これらの派手な花を横目にひっそりと咲く花,ワレモコウを題材に若山牧水はこう詠みました。

 吾木香 すすきかるかや 秋くさの さびしききはみ 君におくらむ

 ワレモコウは日本列島,中国などのアジアからヨーロッパにかけて広く分布する多年草です。秋になると紅色の花穂をつけますが,この色は花びらではなくガクに由来します。派手な花の多いバラ科の植物の中で,花弁をもたないワレモコウは変わり者と言えるでしょう。花穂の色の濃淡には地域間差があり,関西ではえんじ色であるのに対し北に向かうにつれ鮮やかな色になります。
  ワレモコウの漢字表記は,「吾亦紅」,「吾木香」,「我吾紅」,「我毛紅」と多数あり,名前の由来についてはどうもはっきりしないようです。一方で,ダンゴバナ,ノカエリ,キウリグサ,ボウズバナ,テンピソウ,エビスグサ,ノヅチ,ダンゴイタダキなどの別名(方言)があり,身近な植物であったことが想像されます。実際,過去には野原にごく普通に見られたそうですが,刈り払い機の普及や管理放棄地の増加で適度な草刈りが行われなくなったことにより減少傾向にあるようです。
  属名の「Sanguisorba」は血(sanguis)を吸う(sorbeo)という意味で,この植物が持つ止血作用に由来します。似た属名を持つものにカナダゲシとも呼ばれるケシ科のSanguinaria canadensis L. がありますが,このほうは植物体の断面から血のように赤い乳液を出すことに由来します。Sanguisorba属(ワレモコウ属)には,ワレモコウの他に高山植物として知られるカライトソウやタカネトウウチソウなどがあります。これらの植物のうち,タカネトウウチソウは求頂的に(花穂の基部から先端に向かって)開花するのに対し,ワレモコウやカライトソウは求基的に(先端から基部に向かって)開花します。ワレモコウのように総穂花序を持ち求基的に咲くものは珍しいそうです。
  中国医学ではワレモコウの地下部を地楡(チユ)と称し,清熱涼血・収渋止血の佳品であると言われています。性味は苦・酸,微寒で,下焦に入ることから,下焦血熱の諸症状に対して用いられます。代表的な処方には,地楡槐角丸,地楡丸,涼血止崩湯があります。外用には粉末や煎液を用い,皮膚炎,粘膜炎などに対して使われます。地楡に含まれる代表的な成分としては,ウルサン型トリテルペンサポニンの sanguisorbin や ziyu-glycoside 類と,エラジタンニンの sanguiin H-6 があり,抽出液には抗酸化活性などが知られています。
  ヨーロッパではワレモコウはグレートバーネットと呼ばれ,根および根茎が急性の下痢に効果的であるとされています。また,痔や子宮出血,大腸炎に対しても用いられ,軟膏,ローション剤,うがい液,歯磨き粉などにも配合されるようです。一方で,近縁種のオランダワレモコウ(Sanguisorba minor Scop.)もワレモコウと同様に用いられますが,サラダバーネットの別名が示す通り,若葉などをサラダにしたりバターに混ぜたりします。近年,ワレモコウの根および根茎から調製したエキスに育毛作用があることが報告されました。ワレモコウエキスは毛包や毛の成長に対して抑制的に働くFGF-5という蛋白質を阻害し,結果として育毛効果を発揮するそうです。ヒトでの試験でもある程度の効果を示していることから,今後のさらなる研究が期待されます。

 山上憶良には秋の七草として数えてもらえなかったワレモコウですが,七草に選ばれていないことを残念に思う意見をちらほら見かけます。筆者も,少なくともクズよりはワレモコウの方に秋らしさを感じます。キキョウやオミナエシは各地で絶滅の危機にあり,野生品を見る機会が少なくなりました。秋の夜長に,現代に通じる秋の七草を考えてみては如何でしょうか。

 

(神農子 記)