基源:リンドウ科(Gentianaceae)の Gentiana macrophylla Pall., G. straminea Maxim., G. crassicaulis Duthie ex Burkill, G. dafurica Fisch. などの根を乾燥したもの

 秦艽は,『中華人民共和国薬典 2010年版』では Gentiana 属植物4種類の根を規定しています.秦艽は外部形態の違いにより大きく3種類,すなわち秦艽,麻花艽,小秦艽に分けられています.秦艽および麻花艽はG. macrophyllaG. stramineaG. crassicaulisに由来し,小秦艽はG. dafuricaに由来します.秦艽は長さ10〜30センチ,直径1〜3センチで円柱形の主根,小秦艽は長さ8〜15センチ,直径0.2〜1センチで円錐または円柱形の主根からなる生薬です.麻花艽は数本の小さい根が“麻花(中国の油で揚げたねじれたお菓子)”のようにまとまってねじれています. これら原植物は日本に分布していませんが,日本では中国からの輸入品を使用しています.

 秦艽という名称について,『新修本草』には「秦艽は俗に秦膠と書く.もとは秦糺といったもので,糺は糾と同字である」とあり,関連して『本草綱目』では「秦艽は秦地方から出るもので,その根は羅紋の交糾したものを良品とするところから秦艽,秦糾と名付けた」とあります.

 原植物について,『図経本草』に「今は河陝(山西省および陝西省)の州郡に多くい.その根は土黄色で相交糾し,長さは一尺くらいで,太いもの細いもの一定しない.草高は五,六寸で,葉は婆娑(バサ;根出葉の多い)として茎梗に連なり,皆青くて萵苣(ワキョ;チシャのこと)の葉のようだ.六月中に葛の花のような紫の花を開き,その月の内に子を結ぶ.毎春,秋に根を採って陰乾する」とあります.これらの記載から Gentiana 属植物であることがわかります.

 産地について,G. macrophyllaに由来するものは甘粛省産が多く,品質も良いとされています.その他,四川省,陝西省,新疆ウイグル自治区などに産します.G. dafuricaに由来するものは山西省,河北省を中心に,その他甘粛省,青海省,四川省,新疆ウイグル自治区に産します.

 中華人民共和国薬典に規定されている原植物以外に由来する生薬もあります.四川省産は G. dendrologi,山西省産は G. fetisowi,陝西省,甘粛省,寧夏回族自治区産は G. wutaiensis,チベット自治区産は G. tibeticaなどです.内モンゴル自治区産の「大艽」,「黒大艽」と称する生薬はキンポウゲ科のAconitum umbrosumA. sibiricum などで,韓国産の秦艽もレイジンソウA. loczyanumです.いずれも根がねじれている,という点でリンドウ科由来のものと共通しています.

 かつて日本市場でもAconitum属に由来するものが流通していました.『本草綱目啓蒙』には「漢渡あり,根肥大にして黄白色左ねじ右ねじあり,又枝分れてねじれ其末合して一本となりねじれたるものあり,本根内は空しくして外のみ網の如くなりて末ねじれたるもあり,これを羅紋交糾と云」とあり,続けて「享保年中朝鮮の秦艽の苗来る,其後種を伝て今多くあり,葉は毛莨の葉に似て毛なし一根に叢生す,方茎直立して葉互生し,淡黄花を開く形烏頭花に似て小し,根黄色にして形ねじれたり,此草は城州の北山及野州・信州に多し,花淡紫色なり,又黄白花もあり,種樹家にて伶人草と云,・・・朝鮮種のもの眞の秦艽に非ず」とあります.すなわちGentiana属およびAconitum属に由来するもの共に存在したことが記載され,さらに前者が正品であることを認識していました.

 薬効について,『本草綱目』には「秦艽は手,足の陽明経の薬で,兼ねて肝,胆に入る.故に手,足不遂,黄疸,煩渇の病に用いるのは,陽明の湿熱を去るのが主たる目的である.陽明に湿があれば身体が酸疼し煩熱し,熱があれば日哺に潮熱し骨蒸するものだ」とあります.漢方では,祛風湿・清虚熱・退黄の効能があり,リウマチなどによる関節痛や筋肉の痛み,痙攣,結核などによる虚熱,黄疸,小便不利などに用いられます.

 秦艽は日本では使用頻度があまり多くありません.冒頭で記載したように,異物同名生薬が存在することも大きな理由だと思われます.今後研究が進み,品質の差異が明確になれば,より使い易い生薬になることと思います.

 

(神農子 記)