基源:ウキクサ科(Lemnaceae)のウキクサSpirodela polyrhiza (L.) Schleid.の全草を乾燥したもの

 水を湛えた田んぼに映える稲,株元をみると小さなウキクサ。典型的な水田の光景ではないでしょうか。そのウキクサを集めて乾燥したものが漢薬「浮萍」です。

 ウキクサは水面に浮遊する一年草で,葉と茎が融合した葉状体と根からなります。葉状体の上面は緑色ですが裏面が赤紫色のため,紫背浮萍などと呼ばれることもあります。『和漢薬の良否鑑別法及調製方』の浮萍の項には,「生の葉はなるだけ大きくて、その裏面紫色を呈するものがよろしい。」とあり,ウキクサが良品であったことがうかがえます。種小名の「polyrhiza」は多数の根という意味で,ウキクサが多くの根を懸垂させている特徴をうまく捉えています。ウキクサは水質浄化能があるため観賞用の水槽で栽培されることが多く,また一面に繁茂する性質を生かして水田雑草の防止作用が期待されています。

 浮萍は『神農本草経』の中品に「水萍」という名で収載され,以後,浮萍,浮萍草,紫背浮萍,紫浮萍などと様々な名称で用いられてきました。現在では浮萍といえばウキクサの全草を指しますが,同じウキクサ科のコウキクサLemna minor L.が利用されたり,また朝鮮半島ではデンジソウ科のデンジソウMarsilea quadrifolia L.の全草(苹:ヘイ)やサンショウモ科のサンショウモSalvinia natans (L.) All.が,中国南部ではサトイモ科のボタンウキクサPistia stratiotes L.の葉(大薸:ダイヒョウ)が浮萍として用いられることもあるようです。デンジソウは四つ葉のクローバーに似た水田に多いシダ植物ですが,環境の変化や農薬などにより激減し,環境省のカテゴリでは絶滅危惧Ⅱ類(VU)に分類され,また,多くの県で絶滅あるいは絶滅危惧Ⅰ類に指定されています。一方,ボタンウキクサは爆発的に発生して水路を埋めつくし,環境に悪影響を与えるということで,現在では特定外来生物に指定されて栽培や販売が禁止されています。増えて困るほどのものなら,薬用資源として再評価し利用することはできないものかとつい思ってしまいます。以上,水上に浮く草として浮萍には多くの異物同名品がありますが,現在の『中華人民共和国薬典』ではウキクサのみが規定されています。

 浮萍の薬効については「発汗の功は麻黄に勝り,利水の力は通草より捷い」とされ,発汗・利水に優れた薬物とされます。麻黄と同様の薬能がありますが,麻黄は温性の解表薬であり,一方,浮萍は寒性で風熱を解することにより発汗を促します。浮萍黄芩湯や浮萍丸などに配剤され,水腫,リウマチなどに用いられるほか,煎液を民間薬として強壮剤や利尿剤に用いたり,すりつぶしたものを毒蛇の咬傷や皮膚病に用いたりするそうです。

 浮萍には酢酸カリウム及び塩化カリウムが多量に含まれており,また,鉄分の多い生息地に産するものは亜酸化鉄を含みます。それ以外の化合物としては,ルテオリンやアピゲニンをアグリコンとするフラボノイド配糖体の報告があり,ルテオリン8−C−グルコシドの含量は,多いもので約1%にも上るそうです。麻黄にはエフェドリンなどのアルカロイドやタンニンの他に,ヘルバセチンをアグリコンとするフラボノイド配糖体を含むことが知られています。構造の類似したフラボノイド配糖体と発汗作用に何か関係があるのでしょうか。

 「萍」の字の中の,「平」は浮き草が水に浮かんでいる様を表現し,これに艸部と水部が合わさり全体としてウキクサを意味します。萍の字を含む単語としては萍浮(放浪,不安定の意)や萍跡(居所が一定しないの意)等があり,根が地に届かないため漂泊するウキクサの特徴が反映されています。また,不安定な稼業の例えにも良く用いられます。中川乙由は「浮草や今朝はあちらの岸に咲く」とウキクサの移り動く様を心移りに重ね合わせ,浮気心を詠っています。放浪,浮気などというどこか軽い印象があるウキクサですが,一方で麻黄や通草にも勝る鋭い薬効を秘めている。何事も様々な角度から捉えたほうがよさそうです。

 

(神農子 記)