基源:ブナ科(Fagaceae)のクヌギQuercusacutissima Carruthers,コナラQ. serrata Murray,ミズナラQ.mongolica Fischer ex Ledebour var. crispula Ohashi又はアベマキQ.variabilis Blumeの樹皮

 大伴家持は「紅はうつろふものそ橡のなれにし衣になほ及かめやも」と歌い、退色しやすい紅の衣を遊行女婦、橡の慣れ親しんだ衣を妻に例え、部下の浮気を戒めました。この橡(つるばみ)はクヌギと考えられています。鉄を媒染剤にしてクヌギ染めをすると黒・紺黒に染まるそうですが、当時庶民の着物は橡を用いて染めたものが主流だったようです。

 ブナ科は世界に7属、約900種の木本植物が分類され、被子植物のうちで最も原始的なグループの一つと考えられています。日本には5属、約19種が自生し、ボクソクに用いられるコナラ属(Quercus)の他に、クリ属(Castanea)、シイ属(Castanopsis)、ブナ属(Fagus)、マテバシイ属(Lithocarpus)に分類されます。このうち、所謂「団栗」を作るのはコナラ属、シイ属、マテバシイ属です。コナラ属には15種(諸説あり)が分類され、落葉性のものは「なら」,常緑性のものは「かし」と呼ばれています。ボクソクの原植物はすべて落葉性です。

 クヌギとアベマキは非常によく似ていますが、アベマキのほうが樹皮のコルク層が発達しており、葉の裏に毛が密生して光沢の無い灰白色に見えることで区別ができます。アベマキは西日本の温暖地域に自生しクヌギは比較的寒い地域に自生するようですが、共に薪炭材やシイタケのほだ木などの目的で全国各地の里山に植樹されました。その結果、両者の交雑したアベクヌギと呼ばれる個体が生育しているようです。また、ミズナラはコナラよりも標高の高い乾燥した場所を好むようですが、こちらも両者が共に生育する場所では交雑種のミズコナラが認められるようです。

 コナラ属でボクソク原植物以外の薬用植物には、ウラジロガシQ. salicina Blumeがあります。ウラジロガシの葉及び小枝は日本固有の民間薬であり、近代徳島県においてシラカシ名で使われるようになったものです。民間薬とはいえ、効果が科学的に証明され、現在でも繁用されてウラジロガシエキスを主成分とする医薬品も開発されています。中国ではカシワQ. dentata Thunb.の樹皮をコクヒ(槲皮)の名で用います。

 ボクソクが配合される処方には十味敗毒湯や治打撲一方があります。十味敗毒湯は華岡青洲の瘍科方筌に初めて見られます。ただし、この時はボクソクではなくオウジョ(桜筎)を用いています。オウジョは、バラ科ヤマザクラPrunus jamasakura Siebold ex Koidz.などの周皮をのぞいた樹皮であり、現在ではオウヒ(桜皮)の名で用いられています。一方、浅田宗伯は勿誤薬室方函の中で青洲の開発した十味敗毒湯のオウヒをボクソクに入れ替えました。現在販売されている十味敗毒湯にはオウヒを用いたものとボクソクを用いたものの両方が認められます。

 ボクソクは多量のタンニンを含み、収斂・解毒の効能があります。また浅田宗伯は治打撲一方の主薬は萍蓬(川骨)とボクソクであるとし、ボクソクは骨が疼くような痛みを解消する効能があるとしています。この効能は一般的なタンニンの効能だけでは説明が難しく、ボクソクの薬効を解明するヒントが隠されているかも知れません。

 ところで、ボクソクの別名としてドコッピ(土骨皮)がありますが、これは日本独自の名称と考えられています。一方、現在の中国の「土骨皮」はクマツヅラ科(最新の分類ではシソ科)白花灯籠Clerodendrumfortunatum L.の根あるいは根皮であり、清熱解毒薬として用いられます。この植物はクサギC.trichotomum Thunb.の同属植物であり、日本のドコッピ(ボクソク)の原植物であるコナラ属植物とは似ても似付きません。

 ボクソクは日本独特の生薬であり、生薬の自給率が12%まで低下している中で、年間およそ1万トンの需要のすべてが国内産でまかなわれています。日本の里山にはクヌギやコナラが豊富にありますが、最近では薪炭の需要が減ってそれらの樹木は伐採による世代交代(樹木更新)ができずにいます。里山保全の観点からもボクソクの使用は意義があり,需要増大のために更なる薬効の解析も望まれます。

 

(神農子 記)