基源:アカネ科(Rubiaeae)のガンビールノキUncaria gambier Roxb. (U. gambir Roxb.) の葉及び若枝を水で煮て得た抽出液を乾燥させたもの.

 ガンビールノキの水製エキスであるガンビールは,マレー半島で古くから嗜好品として用いられてきました.東南アジアにはビンロウと石灰をキンマの葉で包み口の中で咀嚼する習慣(ベテルチューイング)がありますが,ガンビールを加えることもあるようです.

 原植物のカギカズラ属(Uncaria)はアジア,アフリカ,アメリカ大陸の熱帯を中心に約50種が知られており,それらの植物はインドールアルカロイドを含有することが分かっています.例えば,房総半島以西の暖地に分布するカギカズラU. rhynchophylla (Miq.) Miq.のかぎは,生薬チョウトウコウ(釣藤鉤)として用いられ,血圧降下活性を示すリンコフィリンなどの4環性インドールアルカロイドを含有しています.また,健康食品として流通しているキャッツクロー(U. tomentosa (Willd.) DC.あるいはU. guianensis J.F.Gmel.)などのように,4環性のものに加えて5環性オキシインドールアルカロイドを含有するものも知られています.ガンビールノキは5環性のものも含有すると報告されており後者のグループに属しますが,水製エキスのアセンヤクに含有されるアルカロイド含量については報告が見当たりません.また,アセンヤクはカテキン等のポリフェノールを多く含有することが分かっており,換算値で平均40%ものカテキンが含まれています.このことから,アセンヤクの止瀉作用や外用での止血作用はカテキンなどのタンニンによる収斂作用に依ると考えられます.ガンビールが多量のカテキンを含有することを利用して,化学修飾を施した後に重合させ,銅イオンの吸着剤として開発する研究が行なわれています.条件を最適化することで,水から吸着剤の1%程度の銅を除去できるようです.

 アセンヤクが配剤される漢方処方に響声破笛丸があります.発声過度のため嗄声(しわがれ声)を起こしたときの特効薬として知られており,記載原典の『万病回春』には,「連翹,桔梗,川芎,砂仁,訶子,百薬,薄荷,大黄,甘草を細末にし,鶏子清(卵白)と共に丸薬を作り,一回一丸を寝る前に口に含んで溶かし徐々に嚥下する」と記載されています.現代では,百薬の代わりにアセンヤクを用い,大黄を去った処方が一般的であり,ロックバンドのボーカルやオペラ歌手などの愛用者がいることに驚かされます.響声破笛丸は飲み方に注意すればより効果を高めることができると思われます.『万病回春』に記載されているように徐々に嚥下することで,響声破笛丸の成分が患部に直接的に作用できます.現在流通している響声破笛丸は,その多くがエキス製剤の響声破笛丸料であることから,水で流し込むような飲み方をしてしまうと効果が半減してしまうように思われます.

 1886 年に公布された初版日本薬局方には生薬97種が収載され,アセンヤクのそのうちの一つでした.アセンヤクの類似生薬にペグアセンヤク(マメ科の植物,ペグノキAcacia catechu (L.f.) Willd.の心材の水製エキス)とシャムアセンヤク(シナノキ科の植物Pentace burmanica Kurzの樹皮の水製エキス)がありますが,第十六改正日本薬局方ではガンビールノキ由来のアセンヤクのみを規定しており,これら2種は主に工業用に用いられています.

 筆者は以前ネパールのカトマンズの市場にてアセンヤク(ガンビール)を買い求めたことがあります.店主が差し出したのは3種類の板状のもので,色は濃褐色からベージュであり,色が薄い順に値段が高いとのことでした.しかしながら,原植物や作り方など何が品質の違いなのか見当もつきません.アセンヤクは水抽出物であり,植物に普遍的に含まれるカテキンを主成分とすることから,偽品との識別が困難であろうと推察されます.我々が安心して生薬を使うことが出来るのは様々な人々の誠意と努力のおかげであることを実感しました.

 

(神農子 記)