基源:ツヅラフジ科(Menispermaceae)のオオツヅラフジ Sinomenium acutum Rehder et Wilson のつる性の茎および根茎を、通例、横切したもの

 1990年代、アリストロキア酸を含有する生薬が配合された処方製剤を服用したために引き起こされた重篤な腎障害が報告され、大きな問題になりました。この原因となった生薬は防已と木通で、共にウマノスズクサ科に由来する異物同名品でした。防已の正品原植物はツヅラフジ科のオオツヅラフジ Sinomenium acutum Rehder et Wilsonですが、「広防已」と称されるものの原植物はウマノスズクサ科のAristolochia fangchi で、アリストロキア酸が含まれています。木通の異物同名品でアリストロキア酸を含む「関木通」も同様にウマノスズクサ科に由来します。

 防已は日本と中国では生薬名と原植物が異なっています。日本では「防已」の原植物はオオツヅラフジですが、中国では中華人民共和国薬典に「防己」としてツヅラフジ科のシマハスノハカズラ Stephania tetrandra の根を規定しています。ここで「防已」の漢字表記ですが、日本では「已(イ)」であるのに対して中国では「己(オノレ)」になっていることにご注意ください。この表記の違いは、本来は「巳(シ)」である「防巳」であったが、変遷を経て現在のようになったことが御影らにより考証されています。一方、中国でオオツヅラフジの藤茎は「青風藤」の名称で規定されています。「防已」は、日本では中国産も使用していますのでその基源には注意が必要です。

 オオツヅラフジ、別名ツヅラフジは日本の関東地方以西から四国、九州、台湾、中国に分布しています。落葉性のつる性多年生草本です。茎は他の樹木などに絡み付きながら長く伸び木質化します。葉は円形から卵円形、しばしば5裂から7裂することもあります。葉は長さ6〜15 cm、幅5〜13 cm、無毛ですが、若いときには裏面に毛があることもあります。花は7月頃、円錐花序をつくって雌雄異株につきます。花弁は6枚、黒色の核果をつけます。茎や葉は乾燥すると黒褐色に変化します。

 防已の性状は,径1〜4.5 cm の円形またはだ円形で、厚さ0.2〜0.4 cm の切片状です。切片の皮部は淡褐色〜暗褐色を呈し、木部は灰褐色の道管部と暗褐色の放射組織とが交互に放射状に配列しています。この放射状の組織について本草書(『新修本草』など)では「車輻解」と表現されています。「車輻解」はオオツヅラフジに由来する生薬に見られる特徴で、鑑別点の一つにもなっています。

 防已にはシノメニンというアルカロイドが含まれています。シノメニンは鎮痛薬にされるモルヒネと同じ骨格ですが光学異性体であり、鎮痛作用は限定的です。漢方では主に下半身の浮腫や関節水腫などの利水、関節痛やリウマチなどの鎮痛を目的に使用されます。

 防已を配合する漢方薬には防已黄耆湯があります。防已黄耆湯に関連するOTC薬には抗肥満やダイエットに効果があるような宣伝文句がありますが、実際は脂肪太りではなく水分代謝がうまくいかない水太りに効果があります。寒くなると発症する関節痛に効果的な疎経活血湯という漢方処方もあります。

 また、「木防已湯」という漢方処方があります。喘満、心下部つかえ堅く面色黒味を帯び小便不利、脈沈緊のものを目標にされています。現在は「防已」を使用していますが、本来これは異物同名品である「木防已」を中心に構成された処方です。「木防已」はツヅラフジ科アオツヅラフジ Cocculus trilobus の根に由来する生薬と考証されています。アオツヅラフジはオオツヅラフジと分布域や植物形態が非常に似ています。アオツヅラフジは全体に毛が生えていることが大きな違いです。残念ながら現在、アオツヅラフジに由来する生薬は流通していません。

 防已は古来、異物同名品が多い生薬です。現在では名称と基源が混乱していますが、本来それぞれは使用目的が異なる生薬と考えられます。今後「木防已」が復活して、「木防已湯」の本来の薬効が検証されるようになることが期待されます。

 

(神農子 記)