基源:エゴノキ科(Styracaceae)のStyrax benzoin Dryander又はその他同属植物から得た樹脂

 様々な植物の樹脂は、古くから生薬として用いられて来ました。代表的なものとして、カンラン科ミルラノキ属植物に由来するモツヤク(没薬)やボスウェリア属に由来するニュウコウ(乳香)、またマメ科のアラビアゴムノキに由来するアラビアゴムやAstragalus gummifer Labill. に由来するトラガントなどがあります。今回は、同様に樹脂に由来するアンソクコウ(安息香)の話です。

 アンソクコウはエゴノキ科エゴノキ属植物Styrax spp.の樹幹に傷をつけた際に流れ出てくる樹脂を集めたものです。エゴノキ科は世界に11属150種が知られており、北半球の温帯から熱帯に分布します。その中でエゴノキ属は120〜130種が知られ、日本にはエゴノキやハクウンボクが自生します。

 アンソクコウは産する樹種によってシャム安息香とスマトラ安息香の二種類に分類されます。シャムがタイの旧名であることからも分かるように、シャム安息香はタイから中国南部にかけて分布するS. tonkinensis Craib ex Hartwichなどの樹脂を指し、生産量が少なく高級品とされます。一方、スマトラ安息香はスマトラ島を主産地とし、S. benzoinS. paralleloneurum Perk., S. serrulatum Roxb. var. mollissimum Steen. から得られる樹脂です。現地で高級品とされるのは、haminjon tobaと呼ばれるS. paralleloneurumから製した樹脂ですが、樹種以外にも樹齢や採取時期などでも品質は左右されます。実際には、色や香りによって各種の等級があり、また、それらを混合して製したものも存在します。注意すべき点として、ブレンド品や低級品にはダマールと呼ばれるフタバガキ科のShorea spp. やナンヨウスギ科のAgathis spp. などの樹脂が用いられる場合があります。『日本薬局方』にはアンソッコウとしてS. benzoinまたはその他同属植物の樹脂が規定されており、ダマールは日局アンソッコウとして用いることは出来ません。日本で実際に流通しているもののほとんどはスマトラ安息香のようです。

 英語でアンソクコウはbenzoin balsamですが、属名のstyraxの名で流通する生薬もあります。地中海に産するS. officinalis L. から得られる樹脂はstyraxと呼ばれ、16世紀まで中国でもソゴウコウ(蘇合香)という名で流通していました。しかしながら、マンサク科のフウ属植物Liquidambar spp. が産するバルサム(揮発性油脂に溶解した樹脂)が流通し始め、市場からなくなりました。フウの属名Liquidambarは「液体の琥珀(liquid・amber)」に由来し、バルサムもその英名で呼ばれることがあるそうです。このliquidamberは流動蘇合香と称し、第5改正日本薬局方まで収載されていました。

 これらの樹脂は、色や質感の違いはありますが見た目で鑑別するのは困難です。高速液体クロマトグラフィーによる分析では、シャム安息香は安息香酸コニフェリル(coniferyl benzoate)が主成分であるのに対し、スマトラ安息香はパラクマリルアルコールの桂皮酸エステル、トルコ産の流動蘇合香は安息香酸ベンジルなどが主成分だったそうです。また、ガスクロマトグラフィーによる分析では、シャム安息香は安息香酸コニフェリルに由来するピークを主として認めたのに対し、スマトラ安息香では桂皮酸に由来するピークを、トルコ産の流動蘇合香では安息香酸ベンジルを主として検出しました。これらの樹脂は他にも多くの化合物を含有しており、安息香酸や桂皮酸のエステル、バニリンなどの芳香性の化合物がアンソクコウの香りと品質に影響を及ぼしていることが推察されます。

 アンソクコウの英名ベンゾイン(benzoin)は「ジャワの乳香」という意味のアラビア語(luban jawi)から派生したと考えられています。一方、ベンゾイン(アンソクコウ)は安息香酸エステルを多く含んでいるため、安息香酸の英名「benzoic acid」を導きました。そして、1833年、ドイツの化学者によって安息香酸と石灰から作られた化合物に「benzin」の名が付けられ、後に「benzene」すなわちベンゼンと改められました。化学はアンソクコウ抜きには語れないのです。

 

(神農子 記)