基源:シソ科(Labiatae)のパチョリ Pogostemon cablin Benth. の地上部

 カッコウ(藿香)は藿香正気散、香砂平胃散などの漢方処方に配合される祛暑薬です。祛暑薬とは字義のごとく暑邪を除去する薬物で、藿香正気散はよく夏カゼに応用されます。

 藿香の原植物は古来、一般に広藿香と呼ばれるパチョリPogostemon cablinに由来するものと、土藿香と呼ばれるカワミドリ Agastache rugosa O. Kuntzeに由来する2種がありました。共に良い香りがあるシソ科の植物です。

 パチョリはインド原産の多年草で、高さ 30~80 cm、葉は卵型~卵形長楕円形で長さ 8~10 cm、波状の鋸歯があります。茎は方形で、髄は大きく類白色で海綿状を呈します。全草に強い香りがあり、精油を約1.5%含み、シソ科植物の中では最も香りが強い植物として知られています。原産地では古くから衣服の香料や浴湯料に用いるほか、薬用として解熱、鎮痛、喘息や消化器疾患の治療に用いられてきました。パチョリの名もタミール語に起源します。現在市場に流通している藿香の多くはこのパチョリに由来しています。

 一方のカワミドリは日本にも自生し、北海道から九州、また朝鮮半島、中国、ロシアの極東地方に分布する多年草です。全体に強い香りがあり、茎はよく枝分かれし、高さ約1 mになります。卵形の葉は長さ 5~10 cm で、長さ 1~4 cm の葉柄があります。

 『南州異物志』には「藿香は海辺の国に産し、形は都梁の如く。衣服の中に著く可し」とあり、藿香は南方のものであることを示しています。また、宋代の蘇頌は「嶺南に多く、人家で多く栽培する。二月に苗を生じ、茎梗が甚だ密生して叢となる。葉は桑に似て小さく薄い。六月、七月に採り、黄色になるのを待って取り収める」と記録し、このものはパチョリで矛盾がないようです。一方、明代の李時珍は「藿香は四角で節があり、中が虚ろだ。葉は微しく茄葉に似ている。潔古、東垣はその葉のみを用いて枝梗は用いなかった」と記しており、この李時珍が記載した藿香は茎が中空であるとする点からカワミドリであったようです。この混乱は我が国にも伝えられたようで、『重訂本草綱目啓蒙』に「藿香、舶来に二品あり。青葉と呼ぶもの真物なり。和産なし。葉大にして厚く毛茸あり、五つ許刻缺ありて辺に鋸歯あり、両対して生じ、香気あり。古は惟其葉を用ひ、枝梗を用ひず。・・・又埋藿香と呼ぶものは土藿香とも云、舶来の偽物なり。これ即排草の葉にして藿香に非ず。本邦にても製す。詳に排草の下に辨ず併考すべし。本経逢原に以排草葉偽充と云、唐山にて排草を偽り代用るにより家にも栽、故に本草彙言に説ところ藿香の形状は排草なり。因て先年唐山よりもカワミドリを藿香と称して苗を渡せしことあり。然ども生の時は香気あり、乾かば香気なし。其形状亦舶来の青葉藿香と異なり、是藿香の偽物にして実は排草香なり」とあり、パチョリに由来する藿香は青葉藿香と称されて真の藿香であり、カワミドリに由来する藿香は埋藿香、土藿香などと称され偽物であると説明されています。

 以上、中国でも古来原植物が混乱し、パチョリに由来する広藿香がカワミドリに由来する土藿香よりも優れているとされていたようですが、パチョリは南方に産するもので北方では育たなかったため、類似したカワミドリが代用されたものと考えられます。日本全国の薬用植物園でも藿香の原植物として一般にカワミドリが展示されています。パチョリとカワミドリは含有する精油成分も異なっています。科学的な解析を通して、真に代用可能であるか否かの検証が待たれます。

 

(神農子 記)