基源:ハマビシ科(Zygophyllaceae)のハマビシ Tribulus terrestris L. の未成熟果実

 蒺藜子はしばしばアトピー性皮膚炎の治療薬として選択される漢方処方「当帰飲子」に配合される生薬です.虚弱体質者や高齢者で,血虚により皮膚が枯燥し掻痒のあるものに用いられます.処方の中で蒺藜子は掻痒の改善薬として重要で,中葯学では平肝熄風薬に分類され,肝経に入り、内風を平熄し肝陽を平定する薬物とされます.

 原植物のハマビシはハマビシ科の植物で,アジアをはじめ世界に広く分布しています。日本では千葉県と福井県を結ぶ線より西の本州,四国,九州に分布しますが,海岸砂地に限られ,環境の変化や除草されたりして生育地が減少し,環境省のカテゴリーでは絶滅危惧ⅠB類に指定されています.一方,中国やモンゴルなどでは砂地を始めとする乾燥地にごく普通に見られる雑草です.植物体は平伏して地面に広がり,葉は細かな羽状複葉で対生し,夏から秋にかけて枝先に黄色い5弁花を咲かせます.薬用部となる果実は直径が1cmほどで10 本の鋭い刺が生えていて,裸足で踏むとケガをするため,海水浴場では除草の対象とされることも資源減少の理由となっています.果実は熟すと5裂して地面に落ち,2 本の刺の様子がヒシの実に似ていることから,浜菱の名があります.生薬はこの形か軽く挽いて刺を除いた形で市場に流通しています.質の軽い生薬で,ほとんど匂いがなく,味はやや苦みがあります.粒子にむらがなく,充実していて,収穫後間もない淡緑黄色のものが良品とされ,形が不揃いで,灰黒色や褐色を呈するものは良くないとされます.

 古来,蒺藜と呼ばれる生薬には白蒺藜,潼蒺藜,沙苑蒺藜,沙苑白蒺藜などがあります.『図経本草』では「又一種白蒺藜というものがあって,現に同州沙苑の牧場に最も多く生えているが,近道にもある.葉は緑色で蔓が細く,沙上一面に布いて生え,七月に豌豆の花のようで黄紫色の小さい花を開き,九月に莢の実を結ぶ.味は甘く微に腥く,褐緑色で蚕種子に似てやや大きく,また山扁豆に甚だ似ているが,山扁豆の方が微に大きい」といい,寇宋奭も「蒺藜には二種あって,一種は杜蒺藜という.即ち今の道傍に地に布いて生え,小さい黄花を開き,芒刺を結ぶものだ.一種は白蒺藜という同州沙苑の牧場に生える.子は羊内腎のようで,黍粒ほどのものだ.補腎の薬として今一般に多く用いる.風患者にはただ刺蒺藜のみを用いる」と言っています.李時珍も「白蒺藜・・・今一般にこれを沙苑蒺藜と呼んで他のものと区別している.」と言っており,これらのことから杜蒺藜はハマビシの果実,白蒺藜,沙苑蒺藜は現在の沙苑子であるマメ科の Astragalus complanatus R. Br. の成熟種子であると考えられます.沙苑蒺藜は小さな腎臓形をしており,杜蒺藜とは薬効が異なるので区別する必要があります.また,天津では沙苑子に A. chinensis L. が,江蘇省では A. adsurgens Pall. および A. sinicus L. が用いられています.ただし,現在市場で白蒺藜と呼ばれているものはハマビシ由来のものです.また,アカザ科の Atriplex sibirica L. の果実を軟蒺藜と呼ぶのに対して,ハマビシの果実は硬くて刺のある五角形をしているため硬蒺藜とも呼ばれることがあり,他に蒺藜角の名もあるなど,名称が混乱しているため使用する際には正しい鑑別が必要です.

 ハマビシに由来する蒺藜子にはケンフェロールやアストラガリンなどのフラボノイドのほか,ハルミン,ハルマンなどのアルカロイドなどが含まれており,鎮痙,降圧,利尿作用などが知られています.日本ではもっぱら医薬品とされますが,海外ではハーブの一種としてサプリメントなどに利用されています.しかし,神経系,筋肉,肝臓及び腎臓への影響が報告されており,ハマビシが入ったサプリメントには注意が必要です.

 

(神農子 記)