基源:セリ科(Umbelliferae)のオカゼリ Cnidium monnieri (L.) Cusson の果実

 蛇床子は淫羊霍や冬虫夏草などと同じ助陽薬に分類される薬物ですが,燥湿殺虫作用もあり,古来湿性の掻痒にも応用され,蛇床子湯(蛇床子,当帰,威霊仙,苦参)は皮膚のかゆみ,ただれ,たむしなどに用いられてきました.原植物については李時珍が「蛇,虺が好んでその下にいて,その子を食う.故に名付く」といい,またその形状について「凡そ,花,実の蛇床に似たものは,当帰,芎窮,水芹,藁本,胡蘿蔔」などであると述べています.また,蘇頌が「四,五月に花が開き,白色で傘状をしている」といっていることからも古くからセリ科植物の果実が用いられてきたことがうかがえます.一般にセリ科植物は分類困難で,果実の形もよく似ており,蛇床子の原植物も混乱していたことは容易に想像されます.現在では,オカゼリ Cnidium monnieri (L.) Cusson の果実が蛇床子として使用されています.

 小野蘭山は「和名鈔ニヒルムシロト訓ズルニ因テ古ハ薬舗ニ誤リテ水草ノヒルムシロノ実ヲ蛇床子ト称シ貨レリト云フ,ヒルムシロハ救荒野譜ニ載ルトコロノ眼子菜ノ一種ナリ.其後ハ今ニ至ルマデ皆ヤブジラミノ実ヲ用ヒ来レリ,怒菴先生モコレニ左袒セラレタリ.然レドモ古渡ノ蛇床子ハ形小ニシテ毛刺ナク竪ニ細稜アリ,集解ニ説クトコロ如シ形ミリンカニ似テ微大ニシテ長ミアリ,是眞物ニシテ,ヤブジラミノ実ト形甚タ異ナリ」と言っています.

 古渡りの蛇床子であるオカゼリは中国東北部,モンゴル,シベリア,朝鮮半島に分布するセリ科の越年草で,高さ 30〜80 cm,茎は直立し,円柱形で,縦稜があり,細い軟毛が疎生しているのが特徴です.葉身は卵形で,2〜3 回羽状複葉に分裂します.果実は長さ 2 mm,直径 1 mmの小さな楕円形で,芳香があり,味は辛くしびれる感じがあります.含有成分として,ピネン,カンフェン,ボルネオールなどの精油成分の他,オストールなどのクマリン類を含有し,抗トリコモナス,抗真菌作用,性ホルモン作用などが知られています.

 江戸時代の薬舗にて蛇床子として売られていたヒルムシロ科のヒルムシロ Potamogeton distinctus は東アジアに分布する多年生水生草本で,日本ではため池,用水路,水田などに生育する植物です.水面に浮く浮葉はササの葉に似て披針形または披針状卵形,長さ 4〜13 cm です.全草を眼子菜と呼び,駆虫薬や清熱解毒薬として使用されていました.また,その後に使用されていたセリ科のヤブジラミ Torilis japonica は日本各地および東アジアからヒマラヤ,シベリア,ヨーロッパに分布する越年草で,葉は細かく,雑草として野原,堤防,道端などに普通に見られます.ヤブジラミも真の蛇床子ではなく,区別するために和蛇床子と呼ばれていました.その他にも,オカゼリと同属のハマゼリも蛇床子として用いられてきました.このように様々な植物が蛇床子として使用されてきた理由は,果実の形がよく似た植物が多いからですが,ヒルムシロに関しては果実の形よりも薬効の類似性であった可能性があります.

 現在中国の蛇床子にはオカゼリと Cnidium formosanum に由来する 2 種類があります.成分的にオストールはオカゼリにのみ,コロンビアナジンは C. formosanum にのみ含まれるため両者は含有成分によって区別することが可能です.一方,オカゼリ, C. formosanum, ヤブジラミの3 種に由来する蛇床子の抗白癬菌作用に関する研究では,オカゼリに比して他の2種の作用は弱いと報告されています.また,抗真癬菌作用についてもハマゼリでは弱い可能性が示されており,薬能的にはハマゼリをも含め,他の異物同名品はオカゼリ由来の蛇床子に劣るようです.

 

(神農子 記)