基源:ラン科(Orchidaceae)のオニノヤガラ Gastrodia elata Blume の塊茎を蒸して乾燥したもの

 花が美しいラン科植物には栽培が困難で高価なものが多いですが、ラン科に由来する生薬の天麻や石斛なども高貴薬です。天麻はオニノヤガラの塊茎に由来します。日本、朝鮮半島、台湾、中国、シベリア、ネパール、インド、ブータンなどに幅広く分布する多年草で、雑木林の中の陰湿地に生えます。多年草ですが毎年同じ場所に生えるとは限らず,また塊茎が足のように見えることからヌスビトノアシの別名もあります。塊茎は楕円体状に肥大し、茎は1本で黄赤色で直立し、高さ 60〜100 cm、膜質の鱗片葉がまばらにつきます。その姿から「赤箭」、鬼の用いる矢に例えて「鬼の矢柄」と呼ばれたようです。花期は 5〜7 月で総状に多数の花をつけます。ラテン名の Gastrodia は花の形が胃に似ている事に由来します。植物体に葉緑素はなく、地下で菌類と共生して必要な栄養素を得ています。光合成によってエネルギーを作る植物を独立栄養植物と呼ぶのに対して、オニノヤガラはナラタケ菌に栄養を依存する菌従属栄養植物です。同じようにナラタケ菌に栄養を依存する植物としてツチアケビが知られています。

 古来、天麻の薬用部位について議論されてきました。『神農本草経』には赤箭として収載され、『名医別録』には「赤箭は陳倉の川谷、雍州、および太山、少室に生ずる。三月、四月、八月に根を採って暴乾する」とあり、元来地下部を赤箭と称して用いていたものと思われます。天麻は宋代の『開宝本草』に初収載され、蘇頌が『図経本草』の中で「今の方家は三月、四月に地上茎を採り、七月、八月、九月に根を採る」と記し、また寇宗奭が『本草衍義』の中で「赤箭は天麻の地上部をいったものだ。天麻とは治療上の効果が同一でないので後世二條に分けたのである」と記しているように、宋代になって地上部と地下部の両方を用いだしたようです。現在ではもっぱら地下部を天麻と称して用いており、3〜5月の間に収穫したものを「春麻」、10〜12月に収穫したものを「冬麻」とし、後者の品質が優れているとされます。有効成分は不詳ですが、多量の粘液質やバニリルアルコール、バニリンが含まれ、バニリルアルコールには胆汁分泌作用や癲癇発作抑制作用が、また天麻のエキスには鎮痛作用が報告されています。代表的な処方である半夏白朮天麻湯はめまいや頭痛などに応用されています。

 天麻は高価な生薬のため、ジャガイモの塊茎を蒸乾した「洋天麻」と称する偽品が出まわった事もあります。しかし、今日では天麻の栽培が可能となり中国各地で栽培されています。栽培方法には種子繁殖と塊茎繁殖があります。前述した様にナラタケ菌との共生が不可欠ですが、種子繁殖に必要な菌類はナラタケ菌だけではありません。種子を播種し、発芽した直後はクヌギタケ属の菌類とのみ共生します。その後、生育にともなって共生相手がナラタケ菌に変わっていくようです。一方、塊茎繁殖ではまずクヌギやヤナギなどの根あるいは樹幹に菌種を植え付け、菌糸が充満した菌材を育てた後に、地中に菌材、小さな塊茎(種芋)の順に植え付ける事によって栽培します。しかし、天麻の栽培には注意が必要です。すなわち、ナラタケ菌は生きている植物の根から侵入し寄生することによって枯らしてしまう「ならたけ病」の原因となるため、周囲にヒノキ、カラマツ、アカマツなどの針葉樹やケヤキ、ナラなどの広葉樹、またブドウ、リンゴ、ナシ、クリなどの果樹などがある場合には、それらに被害が及ばないよう注意する必要があります。

 天麻のように菌材を育てて栽培する方法は茯苓の栽培方法に似ています。中国では、原菌であるマツホドの菌糸を培養した後に榾木に植え付けて茯苓を栽培しますが、同じ方法を日本産の菌核を用いて行なっても良質な菌核が形成されないようです。生薬の栽培を成功させるにはオニノヤガラのように生活史を調査し、自然に習うことが不可欠なようです。

 

(神農子 記)