基源:ビャクブ科(Stemonaceae)のビャクブ Stemona japonica Miq.,タチビャクブ S. sessilifolia Miq.,タマビャクブ S. tuberosa Lour. の肥大根を乾燥したもの.

 百部は『名医別録』の中品に収載され,現代中薬学で止咳平喘薬に分類される薬物ですが,古来駆虫薬としても使用されてきました。生薬名に関して李時珍は「その根が多く,百数十の根の様子が5人組がいくつも合わさって一群となった部隊のようにみえるのでこのように名付けられたのだ」と説明しています.原植物の形態に関しては、蘇頌が「春苗が生えて藤蔓となり,葉は大きく尖って長く,頗る竹葉に似たもので,表面は青く光る」と言っており,これらは現在の市場品の一種であるビャクブ科のビャクブであろうと考えられます.

 ビャクブ科は単子葉植物に属する4属30種からなる小さな群で,東南アジアからオーストラリア北部,東アジア,北アメリカ東南部に隔離分布しています.多年生草本で,単子葉植物としては変わった4数性の花をつけ,地下には肥大した根を発達させます.

 ビャクブ Stemona japonica はジャポニカという種小名をもちますが,中国原産で江戸時代に薬草として日本に渡来した植物です.茎は上部がつる状になり縦に筋があり高さ60〜90 cm,全体がなめらかで無毛.肥大根は多肉質で紡錘形,数本から数十本が束生します.葉は通常 4 枚が輪生し,卵形もしくは卵状披針形,先端は鋭先形か漸鋭先形,基部は円形か切形に近く,全縁もしくはわずかに波状を呈し,5〜9 本の平行脈があります.葉柄は線形で長さ 1.5〜2.5 cm.5月に各柄に花被片4枚からなる淡緑色の小さな花が単生します.分布は山東,安徽,江蘇,浙江,福建,江西,湖南,湖北,四川,陝西省などです.

 タチビャクブは高さ 30〜60 cm,茎は直立して分枝せず縦に筋があり,葉はふつう 3〜4 枚が輪生し,ほぼ無柄であることでビャクブとは区別できます。開花期は3〜4月.分布は山東,河南,安徽,江蘇,浙江,福建,江西省などです.

 タマビャクブはより大型になり,茎上部は他物によじのぼって高さ5mに達します.葉は広卵形で通常対生する点で先の2種とは区別され,また長さ4〜6 cmの葉柄があります.塊根は多肉質で紡錘形か円柱形,長さ15〜30 cm.開花期は5〜6月で花被片に紫色の脈紋があります.分布は台湾,福建,広東,広西,湖南,湖北,四川,貴州,雲南省などです.

 これらの植物に由来する百部は,ステモニン,ステモニジンなどのアルカロイドを含有します.これらのアルカロイドは呼吸中枢の興奮を抑制して鎮咳作用を示すと考えられますが,多量だと呼吸障害をおこします.また,煎液には抗菌作用,真菌抑制作用があり,エタノールエキスにはシラミなどに対する殺虫作用があります.古来駆虫・殺虫薬として使用されてきた所以です.漢方では潤肺,止咳などの効能を期待して,急性・慢性咳嗽,百日咳などに使用され,特に「肺癆咳嗽の要薬」として知られています.風邪などで咳が長く続く時には紫苑・白前・桔梗などと配合する止嗽散.肺結核などの肺陰虚で咳が続き,血痰のみられるときには生地黄・熟地黄・阿膠などと配合する月華丸などがあります.また,駆虫,殺虫などの作用を期待して,回虫症や蟯虫症に対して内服,あるいは蟯虫症には煎液を注腸したり,シラミや疥癬,トリコモナスなどでは煎液を患部に塗布したりします.かつて日本でも茎を「しらみひも」といって,シラミやノミを忌避するために下着に縫い込んでいたそうです.

 一方,雲南省や四川省の一地区ではユリ科の Asparagus pseudofilicinus の塊茎を『百部』として用いています.これは天門冬の仲間で,やはり地下部が紡錘形に肥大して百部によく似ています.李時珍は「百部には茴香のような細葉のものもある.その茎は色青くて肥え,若いうちには煮て食べる」と記しており,『政和本草』の『峡州百部』の図や『本草綱目』の『小葉百部』の図は正に Asparagus 属植物であり,『図経本草』の天門冬の項にも「南獄では百部という」とあり,古くから混乱していたようです.ただし,含有成分から判断する限り,駆虫薬としての作用は期待できないと考えられます.

 

(神農子 記)