基源:ガガイモ科(Asclepiadaceae)の Cynanchum stauntonii (Decne.) Schltr. ex Levl. または C. glaucescens (Decne.) Hand. -Mazz. の根茎および根を乾燥したもの。

 ガガイモ科に由来する生薬には白前、白薇、コンズランゴなどがありますが、これらの日本での使用はそれほど多くはありません。日本最古の歴史書で8世紀に編纂された『古事記』には、「少彦名命が出雲の大国主命のところに羅摩(かがみ)船でやってきた」という内容の記載があります。この「羅摩」はガガイモのこと、「船」はその果皮であるとされています。船形の果皮が示すように、ガガイモ科植物は特徴的な袋果をつける種類が多く、さらにつる性植物が多く、花弁は筒状に合生して先が5裂し、種子に綿毛のような毛が生えているなどキョウチクトウ科と共通の性質も有しています。実際、ガガイモ科は、最近普及しつつある植物分類体系のAPG分類ではキョウチクトウ科に含められています。

 ガガイモ科 Cynanchum 属植物には地上部も地下部も形態が類似しているものが多く、白前の原植物はかつてイヨカズラ Cynanchum japonicum またはクロバナイヨカズラC. japonicum var. puncticulatum に充てられていました。白薇の原植物であるフナバラソウ C. atratum と混同されることもありました。中国唐代の『新修本草』には、白前の原植物について「苗は高さ一尺ばかり、葉は柳に似て、或いは芫花のようでもある。根は細辛より長く色は白い。洲渚(川の中州)、沙蹟(砂質地)の上に生ずる(略)」という記載があり、これは後述するように、日本には自生しない冒頭の2種類と一致しています。両種とも多年生の草本植物で、中国浙江省、江蘇省、安徽省などに分布しています。渓谷や川辺の砂れき地や谷間の湿地に、通常一緒に生育しているようです。

 Cynanchum stauntonii は中国名を柳葉白前と称し、高さ30~60 cm、葉は名前のとおりヤナギのように細長く鋭く尖り、長さ3~8 cm、幅3~8 mmで、対生します。根茎はほふくし、節上にひげ根が束生します。開花期は6月、結実期は10月です。C. glaucescens は芫花葉白前と称します。葉の形状が少し異なり、先端は尖らず、長さ2.5~5.0 cm、幅 0.8~1.5 cm と小型です。芫花とはジンチョウゲ科のフジモドキとされ、その葉に類似しています。根茎はほふくし、節に多数のひげ根が束生しています。開花期は8月、結実期は9~10月です。秋に根を収穫し、洗浄後日干し乾燥させます。

 白前の現在の市場品は主に柳葉白前に由来するものです。これは細長い円柱状をした分枝がある根茎で、やや湾曲して節がはっきりとしており、細い根が群生しています。節間は1.5~4.5 cm、表面は黄白色~黄褐色で比較的脆く折れ易い性質です。断面は円形で中空かまたは膜質の髄があります。匂いはほとんどなく、味はやや甘いとされています。一方、芫花葉白前の根茎はやや短く塊状になります。節間は1.0~2.0 cm、表面は灰緑色~灰黄色で比較的脆く折れ易いものです。

 白前の薬効は、手の太陰に入り、「肺家の要薬」とされています。その薬性について『名医別録』では微温としていますが、『新修本草』では微寒と逆の方向性を記しており、すでにこの頃から原植物が混乱していた可能性が考えられます。白前の咳嗽を治す効は寒嗽を主としたものばかりではなく、痰火、気壅、上逆の咳嗽をもよく鎮め、肺気を清める作用があり、それによって去痰、降気の効があるとされています。白前は配合する薬物により、肺を清める作用と肺を温め痰を化す作用があります。また前胡と同様の効能があり、両者を合わせて「二前」と称されることもあり、前胡は風熱表証の咳嗽に、白前は寒熱に関わらず痰が多く喘鳴や呼吸困難の見られるときに適しているとされます。例えば気管支炎などの咳嗽には白前に桔梗、紫苑、荊芥などが配合された止嗽散という方剤があり、また金匱要略には半夏や紫蘇、沢漆、生姜などと配合した沢漆湯が記載されています。

 

(神農子 記)