基源:マメ科(Leguminosae)のトウサイカチ Gleditsia sinensis Lam. の未熟果実および成熟果実を乾燥したもの。

 日本各地に分布するマメ科植物のうち木本植物は、ハリエンジュやネムノキなどそれほど種類は多くありません。サイカチ Gleditsia japonica はその中でも形態にひときわ特徴がある種です。高さ20メートルにも及ぶ高木で、幹には枝分かれをした大型のとげが無数に付いているのが他の植物にはない特徴です。葉はマメ科植物に多く見られる羽状複葉で 6〜12 対の小葉を付けています。花は初夏に総状花序状に大量に咲かせますが、高木であるうえ淡黄色のためあまり目立ちません。豆果は扁平で長さ 30 センチほど、広線形でねじれます。豆果は濃紫色に熟し、10〜25個の扁平で楕円形、約1センチの種子を入れています。サイカチは朝鮮半島、中国にも分布しています。一方、中国には近縁種のトウサイカチ Gleditsia sinensis も分布しています。サイカチによく似ていますが小葉が 5〜6対、豆果がねじれないという点で異なっています。生薬「皂莢」の原植物はこのトウサイカチです。

 皂莢の名称について、『本草綱目』には「莢の樹が皂(くろ)いからかく名付けたのである」とあります。また『名医別録』には「猪牙の如きものが良し。九月、十月に莢を採って陰乾したもの」と、品質に関する記載があります。「猪牙」という表現からも皂莢の原植物は豆果がねじれていないトウサイカチであることがわかります。また『神農本草経集注』には「長さ尺二のものが良い」とあります。一方、「猪牙」と「尺二」が良いという記載に反して『新修本草』には「この物に三種あって、猪牙皂莢が最下である。その形は曲戻、薄悪で、全く滋潤がなく、垢を洗っても去らない。その尺二のものは粗大で、長く虚して潤いがない。長さ六七寸にして円く厚く、節が促って真っ直ぐなものならば皮が薄く肉が多く、味は濃くて大いに好ましい」という記載があります。このように品質に関する議論は種々あるようですが、『国訳本草綱目』の注釈には「現在の中国では猪牙皂を最良品として薬用に供している」と比較的近年の記載があります。

 市販されている皂莢は乾燥した成熟豆果で、長い棒状で長さ15〜25 センチ、幅2.0〜3.5 センチ、厚さ 0.8〜1.4 センチ程度の扁平、時に少し湾曲しています。表面はでこぼこしており、赤褐色または紫褐色、灰白色の粉が付着しており、こすると光沢が生じます。両端はやや尖り、基部に短い果柄の跡があります。質は堅く、振ると音がします。中には扁平な種子が入っています。主産地は河北省、山西省、河南省、山東省などです。

 皂莢の薬能について、『湯液本草』では「皂莢は厥陰の薬である」と記載があります。強い去痰作用があるので湿痰が咽喉に滞まり詰まる時や、胸に痰がつかえ咳喘するときに用います。また上下の諸竅を通ずる作用があるので、中風で昏迷したり口がきけなくなったりしたときなどに応用されるようです。その用途は「去痰、利尿薬として、気管支炎の咳嗽、淋疾などに用いる。刺激作用があるので注意を要する。また民間では石鹸の代用、浴湯料に用いる」とあります。

 配合処方として『金匱要略』には「皂莢丸」の記載があります。皂莢と大棗の二味ですが独特の調製法です。「皂莢(1.0)の皮を去りバターを塗って火で炙り、末とし、蜂蜜で丸剤を作り、一回0.5ずつ大棗の果肉少量とともに湯の中にいれて混和し、日中三回夜一回服用する」とあります。咳逆上気を治し、安眠をはかる作用があります。大棗は皂莢の峻烈な作用を緩和する作用があるそうです。また皂莢、甘草、生姜による桂枝去芍薬加皂莢湯という、脾胃の気を行らせて、化膿性疾患の排膿を促し、肺癰を治す処方もあります。

 トウサイカチは果実以外にも種子(皂莢子、皂角子)、とげ(皂角刺)、樹皮または根皮(皂莢根皮)、葉(皂莢葉)などほとんどの部位が薬用に使用されます。『本草綱目』での文章記載量が他の生薬に比べても非常に多い事からもその重要性が推測できる古来の有用植物です。

 

(神農子 記)