基源:キク科(Compositae)のオナモミ Xanthium strumarium L. subsp. sibiricum Greuter の成熟果実(偽果)。

 晩秋から初冬にかけて野山を歩いていると、ズボンの裾、靴下、スニーカーの紐などにひっつき虫が付いて取り去るのに一苦労します。一般的にひっつき虫と呼ばれる植物は鉤や逆さとげなどによって衣類に引っかかったり、粘液によって張り付いたりする種子や果実の俗称で、センダングサの仲間やヤブジラミの仲間などがよく知られています。今回の話題のオナモミは中でも大型のひっつき虫として知られる植物です。

 蒼耳子は『神農本草経』の中品に葈耳実の原名で収載されています。『唐本草』には「蒼耳」の名が記され、『本草綱目』の中で李時珍は「その葉の形が葈麻のようでもあり、茄のようでもあることから、葈耳とか野茄とかの諸名がある」と言っています。『図経本草』には「葈耳は安陸(湖北省安陸県)の川谷および六安(安徽省六安県)の田野に生じる。今は処々にある。詩経ではこれを巻耳といい爾雅には苓耳といい、広雅では葈耳という。」と記され、いずれも実の形状に対して命名されています。また、「此のもの本来は蜀中に生じ、その実に刺が多くて羊が通過するときに毛に粘りつき、遂に中国に来たので羊負来の名があり、俗に道人頭ともいう。」と伝播の由来が記されています。『救荒本草』には「蒼耳は、葉青白く粘糊菜の葉に類し、秋季中に桑椹のようで短小な刺の多い実を結ぶ」とあり、『図経本草』の「滁州葈耳」の図からも明らかにキク科のオナモミであると考えられます。

 オナモミはユーラシア大陸に広く分布し、日本にも古くから帰化して全国的に見られる植物ですが、近年はどちらかと言えば珍しい植物になりかけています。最近多く見かけるのはやはり帰化植物でより大型になるオオオナモミ X. orientale や、さらに大型で果実の表面やとげに鱗片状の毛があるイガオナモミX. orientale subsp. italicumです。

 和名の由来には諸説あり、引っかかるという意味の「ナゴム」に由来するとも、茎葉を揉んでつけると虫刺されに効くためナモミ(菜揉み)の名がついたともいわれています。また、似た名前の植物にメナモミがあり、オナモミはメナモミに対して大型であることから雌ナモミに対して雄ナモミと呼ばれるようになったとされています。中国では蒼耳といいますが、これは偽果が女性の耳飾りに似ていることによるとされています。オナモミは一年草のわりにはしっかりとした茎と厚い葉をつけ、高さは 40〜100 cm、葉身は卵状三角形で、不揃いな鋸歯があります。球形の頭花には雌性と雄性があり、それぞれ多数の小さな白い花が咲きます。雌性頭花の総苞内片は合生して楕円体となり、中に2個の痩果を有し、表面に鉤状のとげを多数つけます。これが引っ付き虫となりまた薬用部位とされる偽果です。

 オナモミの全草には有毒成分のキサンツミンなどが含まれ、毒性は果実が最も強く、鮮葉は乾燥葉より、若い葉は古い葉より毒性が強いとされ、過量に服すると眩暈、頭痛、嘔吐、下痢、蕁麻疹、さらには意識障害や痙攣、肝機能障害などが出現し死亡することもあります。漢方では鼻孔を通じ、風湿を去る効能があり、感冒による頭痛、鼻炎、歯痛、四肢のしびれや痛み、皮膚病などに用いられ、急性・慢性鼻炎や蓄膿症、アレルギー性鼻炎などには辛夷などと配合します。その他、炎症性の鼻づまりには菊花・金銀花と配合する鼻淵丸が、鼻がつまって頭痛がするときに辛夷、白芷、薄荷などと用いる蒼耳散があります。大粒でふくらみ、黄緑色のものが良品とされます。また、オナモミの茎の中に寄生する幼虫は蒼耳蠹虫と呼ばれ、疔腫や痔瘡に効果があるとされています。

 オナモミは中国では普通に見られますが、先述したように近年日本では絶滅危惧種に指定されるほど少なくなりました。これも帰化植物の命運でしょうか。一方であとから入ってきたオオオナモミやイガオナモミはどんどん個体数を増やし、前者は日本の侵略的外来種ワースト100に数えられているようです。これらも果たして蒼耳子として利用できるのかどうか、代用品として出回っていますが品質的には疑問視されているようです。

 

(神農子 記)