基源:モクセイ科(Oleaceae)のトウネズミモチ Ligustrum lucidum Aiton の成熟果実。

 宮城県、福島県、関東地方から西日本にかけた都市部を中心に緑化樹としてトウネズミモチが良く植栽されています。塩害や大気汚染に強いこの植物は常緑の高木で高さ 25 メートルにも達します。初夏に白い小さな花を多数つけ、花後、やや球形に近い楕円形の果実をつけ、次第に紫黒色に熟します。開花期には枝先の大きな円錐花序が、秋の果実期にはたれ下がって実る果実がよく目立つ植物です。

 トウネズミモチは中国南部の原産ですが、日本には近縁種のネズミモチ Ligustrum japonicum Thunb. が自生しています。ネズミモチは高さ5メートルほどの常緑の小高木で、名称はこの果実がネズミの糞に似ており、木全体がモチノキに似ていることから付けられたものです。トウネズミモチの「トウ」は中国由来であることを示す接頭語「唐」のことです。両者は良く似ていますが、トウネズミモチは葉裏を光にかざすと葉脈の主脈と側脈が透けて見えるのに対し、ネズミモチは主脈が透けるのみで側脈は見えないという点で区別できます。また果実は両種ともに楕円形ですが、比較するとトウネズミモチの方が球形に近く、ネズミモチの方が細長いという違いもあります。

 薬用としてのトウネズミモチは『神農本草経』の上品に「女貞」として収載されています。その果実に由来する生薬が「女貞子」または「女貞実」と称されるものです。「女貞」の名称について『本草綱目』では「この木は冬をしのいで青翠なるもので、貞守の操がある。ゆえに貞女を以って形容したのである」と記載しています。女貞子は冬に果実が成熟した頃に採集し、枝葉を取り除いて少し蒸すか、あるいは煮立ったお湯で少し茹でた後に乾燥させたものです。生薬は卵形、楕円形、または腎形で、表面は紫黒色または黒灰色です。外果皮は薄く、中果皮は剥がれやすく、内果皮は木質です。匂いは薄く、味は甘く、やや苦くて渋いとされています。古来、粒が大きく、充実して、灰黒色で質が堅実なものが良質とされてきました。

 女貞子の薬効について、『神農本草経』には「中を補い、五臓を安んじ、精神を養い、百病を除く。久しく服すれば、肥健にし、身を軽くし、老いず」とあり、肝腎の陰を益す清補薬であることが記載されています。『本草綱目』には「陰を強くし、腰膝を健にし、白髪を変じ、目を明らかにする」とありますから、高齢者に適した薬物であることがわかります。現在でも中国では実際に滋養強壮薬として、体が陰虚であって内に熱感あるもの、腰膝が痛み軟弱なもの、目昏、耳鳴、心悸、不眠、便秘などの症状に応用されています。

 女貞子にはこのような優れた薬効のあることが知られていたにも関わらず、使用されなかった時期があったようです。『神農本草経集注』に「仙方ではやはり服食するが、俗方では一向に用いない。一般に識るものがない」と記載されており、この頃(5〜6世紀)はあまり使用されていなかったようです。唐代以後(7世紀〜)に再び使用されるようになり、『本草綱目』には「女貞実なるものは、上品無毒の妙薬である。しかるに古方に用いることを知るもののまれだったのは何故であろうか。(中略)世に伝わっている女貞丹の方には“女貞実、即ち冬青樹子を梗、葉を去り、酒に一昼夜浸し、布袋で皮を擦り去り、晒乾して末にし、旱蓮草が出るのを待って多く数石を取り、搗汁を濃く熬って和して梧子大の丸にし、毎夜酒で百丸を送下する。旬日間ならずして膂力が倍加し、老者は夜起きなくなり、また能く白髪を変じて黒色にし、腰膝を強くし、陰気を起こす”といっている」と記載されています。

 このように優れた薬効を示すトウネズミモチですが、日本では外来生物法で要注意外来生物として指定されるようになりました。その理由は在来のネズミモチとの競合、また交雑や果実食鳥類の餌資源のバランスを崩すとされているからです。トウネズミモチは緑化樹また薬木としての有用性にも関わらず、人間の都合から厄介者扱いになってしまった植物と言えます。ただ、薬効を鑑みると高齢者に適した生薬であり、見方を変えて、うまく利用すれば決して困り者ではないように思われます。

 

(神農子 記)