基源:マメ科(Leguminosae)のオランダビユ Psoralea corylifolia L. の成熟果実。

 「破故紙」は別名「補骨脂」とも称します。『本草綱目』には「補骨脂とはその効力を表した名である。胡人がこれを婆固脂と呼んだのを俗に訛って破故紙といったのだ」とあります。その由来について『図経本草』には「今は嶺外の山坂の地に多くある。四川、合州にもまたあるが、いずれも外国の舶来品の優良なるに及ばない」と、さらに「この物は元来外国から商船で輸入されるもので、中華には産せぬものだ」とあります。明らかに中国以外から導入されたことが分かります。原植物の形態について『本草綱目』ではまた、「この植物は茎の高さ三四尺、葉は小さくして薄荷に似ている。花は微紫色だ。実は麻子のようで円く平たくして黒い」と記載があります。これは現在のマメ科植物であるオタンダビユの形態と一致しています。

 オランダビユは、その名称とは異なりインド、スリランカに自生している植物ですから、アーユルヴェーダ文化圏から導入された薬物ということになります。一年生草本で高さ 90 cm ほど、全草が黄白色の毛および黒褐色の腺点に覆われています。茎には縦の稜があり堅く、粗い鋸歯がある広卵形の葉を互生します。7月から8月には花が多数密集した総状花序をつけます。個々の花は蝶形で淡紫色か黄色です。花後にだ円形の豆果をつけます。豆果には宿存する萼があり、果皮は中にある1個の黒色の種子にはりついています。秋に果実が成熟した頃に果序を採取し、日干しにし、果実を揉み出し異物を除きます。この乾燥した果実が破故紙(補骨脂)です。

 生薬は腎臓形でやや扁平、黒色から黒褐色で、長さ 3〜5 mm、直径 2〜4 mm、厚さ 1.5 mm で表面には微細な網状のしわがあります。薄い果皮の中には種子が1粒あります。古来、粒が大きく充実し、黒色のものが良いとされています。その薬効は、脾腎陽虚の要薬で、脾が陽虚で溏泄(泥状便のこと)し、腎が寒冷で精流するときに有効な薬物です。破故紙の腎を補い、陽を助ける力は、脾を暖める作用に優るとされています。病状としては、遺尿や頻尿、失精やインポテンツ、足腰の冷えなどに使用されてきました。

 『図経本草』には「破故紙は今世間で多く胡桃と合わせて服するが、この法は唐の鄭相國から出たものだ」と、胡桃(クルミ)との配合が重要であることが述べられています。実際に破故紙と胡桃が同時に配合される処方には青娥丸(破故紙、胡桃、杜仲)や、唐鄭相國方(破故紙、胡桃肉)があります。『図経本草』では鄭相國の自叙を引用して破故紙の使用経験を紹介しています。すなわち「予が南海の節度史となったのは七十有五の年であったが、任地、越地方は卑湿のところで、ために身体の内外を傷め、種々の病気が俱発して陽気が衰絶し、乳石などの補薬あらゆるものを服したが、すべてその応験が見えなかった。(中略)不承不承に破故紙を服んで見ると、七八日経つとその反応が現はれて来た。爾来常に服しているが、その効力は誠に不思議なものである」とし、処方の作成方法も紹介しています。「破故紙十両を用い、皮を取り去って洗い、曝しついて細かに篩い、胡桃仁二十両を湯に浸し、皮を去り細かに研いて泥状にして、前述の粉末を入れ、良質な蜜で和し飴糖のようにして磁器に盛って、朝、昼この薬一匙を暖酒二合で調えて服し、飯を食って圧へる。若し酒を飲めぬ人ならば暖かい水で調えて用いる。久しきに互つて服すれば天年を延べ、気力を益し、精神を爽快にし、目を明らかにし、筋骨を補添する」とあります。破故紙と胡桃との関係については『本草綱目』でも「破故紙は神明を収斂し、よく心胞の火と命門の火とを相通じさせるので元陽は堅固になり、骨髄は充実し、渋で脱を治すとある。胡桃は燥を潤し血を養い、血は陰に属して燥を悪む。そこで油でこれを潤し、破故紙を佐ければ木火相生の妙がある。したがって破故紙に胡桃がなければ水母(クラゲ)に蝦(エビ)がないようなものであるという言葉がある」と、両者の組み合わせの重要性が記されています。我が国では使用される機会がほとんどない薬物ですが、これからの高齢社会には重要な薬物であるように思われます。

 

(神農子 記)