基源:トウダイグサ科(Euphorbiaceae)のトウゴマ Ricinus communis L. の成熟種子。

 トウゴマは熱帯での重要な油脂源植物のひとつで、種子を圧搾して得られる脂肪油はヒマシ油と呼ばれ下剤として用いられます。また、工業用としての利用も多岐にわたり、石鹸、塗料、染料、プラスチック原料などに利用されています。第二次世界大戦中の日本では凝固点が低いヒマシ油を航空エンジンの潤滑油として利用したこともあります。そのため、第二次世界大戦中は国内や東南アジアの占領地でトウゴマの栽培が試みられていました。

 薬用としての利用は古く、古代エジプトの世界最古の医学文献であるエーベルス・パピルス(Ebers Papyrus)に内・外用薬として使用法が記されています。中国では『新修本草』に初収載されましたが、陶弘景が増訂したとされる『肘後百一方』にその配合処方があることから、中国への渡来は六朝末期(500年頃)と思われます。その名称について蘇頌は「葉が大麻の葉に似て、子の形は宛かも牛蜱(ダニ)のようだから名付けたのだ」と記し、形態について「これは世間で栽培しつつあるもので、葉は大麻の葉に似て甚だ大きく、結子は牛蜱のようだ。現に胡中から来るものは、茎が赤く、高さは一丈餘りあり、子は大きさ皂莢の核ほどある」と述べています。明代の李時珍も「蓖の字は螕とも書く。螕は牛虱のことで、その子に胡麻のような点があることから蓖麻というのだ。茎は赤いものと白いものがあり、中空。葉は大きさ瓠の葉ほどで葉毎に五尖がある。夏から秋に椏の内側から黄色で纍々たる花穂が抽き出で、枝毎に数十顆の実を結ぶ。顆の表面には刺があって蔟がり攅り、蝟毛のようで軟らかである。凡そ三、四粒の子が合わして顆となるもので、枯れた時劈け開ける状態は巴豆のようだ。殻中に大きさ豆ほどの子があり、殻には斑点があって牛螕のような状態である。その斑殻を去ると中に仁があって、白々として続隨子仁のようだ。仁には油があって、印肉の材料にも油紙にもなる。子に刺の無いものが良い。刺のあるものには毒がある」と詳細に形態や用途を記しており、これらは明らかにトウゴマについての記載です。

 トウゴマ属は1種だけからなる単型属で、アフリカ東部の熱帯が原産地と考えられています。属名はラテン語でダニを意味しており、種子の形に由来するとされています。野生状態になったものがゴミ捨て場、道端、荒れ地などに見られます。日本では夏に茂る一年草ですが、熱帯では常緑で、茎の下部は多少とも木質化して肥大成長し、高さも6メートル以上になります。枝の先端部は草質で中空、互生する葉は大きく、粗い鋸歯のある5〜11の裂片に掌状に切れ込み、直径は30〜50センチにも達して、長い葉柄に盾状につきます。茎の先端部に総状花序を出し、花序の基部には雄花を、先端部には雌花を多数つけます。果実は長さ1〜3センチ、柔らかく長いとげに覆われていますが、熟すと乾いて割れ、3個の大きな種子が入っています。

 蓖麻子の主成分は脂肪油で、30〜50%含まれます。ヒマシ油中のリシノール酸のグリセリドが腸管の中で分解されてリシノール酸ナトリウムを生じ、これが小腸粘膜を刺激して腸管の蠕動を亢進させます。同時に油やグリセリンの粘滑作用も加わり、内服後2~4時間で排便がみられます。そのため、検査や手術の前処置として健やかな便の排出を目的として利用されます。一方、グロブリンやリシンなどのタンパク質やアルカロイドのリシニンのほか、猛毒の糖タンパク質リシンを含有します。このものは分子量32000のA鎖と34000のB鎖からなり、A鎖のリボソーム不活性化作用によって蛋白質の合成を阻害し、毒性を示します。リシンは経口毒性より非経口毒性の方が強く、エアロゾル化したリシンが化学兵器として利用されたこともあります。リシンの成人における致死量は7mgでアルカロイドのリシニンは0.16gとされており、成人であれば種子約20個に相当し、小児であれば5〜6個で致死量になります。家庭で保管する場合には厳重な注意が必要です。種子からヒマシ油を採取する場合、加熱によってリシンを不活性化することによって安全に油を採取しますが、加熱条件によってはリシンが残存することもあり注意が必要です。

(神農子 記)