基源:ヒノキ科(Cupressaceae)のコノテガシワ Platycladus orientalis Franco (= Thuja orientalis L., Biota orientalis Endl.) の種仁。

 ヒノキ科の植物にコノテガシワという常緑樹があります。『牧野日本植物図鑑』には和名について、「児ノ手ガシワで、枝が直立している有様が手のひらを立てているようだから」と説明されています。実際、この植物は平面状に広がった枝を垂直方向に広げて成長し、よって枝葉の面には表裏(上下)の区別がありません。一方、近縁で良く似たヒノキは枝葉の面には明確な表裏の区別があります。コノテガシワは中国北部や朝鮮半島が原産地とされ、日本へは江戸時代に導入されました。園芸とともに薬用目的もあったと考えられます。種子の胚乳部分が「柏子仁」、枝葉が「側柏葉」(そくはくよう)と称されて、それぞれ薬用にされます。

 柏子仁は『神農本草経』に「柏実」の名称で収載され「驚悸を主治し、気を益し、風湿を除き、五臓を安んず。久しく服すれば人をして潤沢ならしめ、色を美しくし、耳目を聡明ならしめ、飢えず、老いず、身を軽くし、天年を延べる」と記載されています。また明代の『本草綱目』には「心気を養い、腎燥を潤し、魂を安んじ、魄(魂が精神活動であるのに対し、魄は肉体活動)を定め、智を益し、神を寧くする。瀝を焼いたものは頭髪を澤(つややか)にし、疥癬を治す」とあり、さらに『列仙伝』を引用して「赤松子(人名)は柏実を食い、歯が落ちて更に生え、歩行しては奔馬におよんだ」とあります。柏子仁は古来、とくに高齢者の滋養強壮薬であったことがわかります。

 原植物について、『図経本草』には「三月に花を開き、九月に子を結ぶ。成熟したものを採取して蒸し曝し、春儡(そうらい:石臼でたたく)して仁を取って用いる。その葉は側柏と名付け、密州(現在の山東省)に産するものが最も佳し。他の柏と相類するものではあるが、その葉はみな側向して生えるもので、功効は他に別して殊にすぐれている」と記載されています。また、『本草綱目』にも「柏には数種あるが、薬にいれるにはただ葉が扁にして側生するもののみを取る。故に側柏という」とあります。このような植物の特徴はまさにコノテガシワと一致しています。 

 コノテガシワは前述のようにヒノキに近縁な常緑の低木または小高木です。枝が垂直方向に分枝し平面に広がることが特徴です。葉は長さ2mm程度の鱗片状で、小枝を包むように十字対生で付着しています。雌雄同株で3月頃に開花します。雌花序は小枝の先に単生し、卵円形の毬果に成長します。毬果は径約1.5 cm、粉白緑色の革質からやがて茶色い木質になります。6〜8枚の鱗片が十字対生し、下部の対には種子が各2個、中部の対には種子が各1個入っています。

 生薬の柏子仁を得るには、初冬に成熟した種子を採集し日干します。その後、種皮を圧し砕いてふるいにかけ、種仁すなわち胚乳部分のみにして陰干します。種仁は長だ円形で長さ3〜7 mm、直径1.5〜3 mmで、新鮮なものは淡黄色から黄白色です。粒が飽満で油性があり、夾雑物がないものが良品とされます。

 柏子仁は一般的な漢方処方には配合されませんが、『本草綱目』には「奇効方」という処方が掲載され、「柏子仁、二斤を末にし、酒に浸して膏にし、棗肉三斤、白蜜、白朮末、地黄末、各一斤を擣き混ぜて弾子大の丸にする。一日三回、一丸ずつを噛んで服すると百日にして百病が癒える。久しく服すれば天年を延べ、神を壮にする」と記されています。また、同じく明代の『体仁彙編』に収載される「柏子仁養心丸」は、柏子仁、枸杞子、麦門冬、酒当帰、石菖蒲、茯神、玄参、熟地黄、甘草が配合され、労欲過度、心血の損失、精神の恍惚、夜に怪夢を多く見る、ノイローゼ、ヒステリー、健忘遺泄などの治療に用いられ、常服すれば心を寧んじ、志を定め、腎を補い、陰を滋すとされています。

 コノテガシワは現在、庭木として各地に植えられています。日本産の柏子仁は利用されていませんが、資源は少なからずあるように思います。柏子仁の優れた薬効を知るとコノテガシワを見る目も変わってきます。

(神農子 記)