基源:ウルシ科(Anacardiaceae)のヌルデRhus javanica L. var. chinensis (Mill.) T.Yamaz.の若芽や葉上にアブラムシ科(Aphididae)のヌルデシロアブラムシSchlechtendalia chinensis Bellが寄生し,その刺激によって葉上に生成した嚢状虫癭を少時熱湯に浸した後乾燥したもの。

 五倍子は付子とも呼ばれ,草木染めなどの染色素材として古くから利用されてきました。また,かつて日本には歯を黒く染める御歯黒の風習がありましたが,これは五倍子の粉末と硫酸鉄を含む鉄漿水で黒く染めていたとされています。一方,薬用としても多量のタンニンを含むことから収斂,固渋薬として止瀉,止咳,止汗,止血の効能があり,慢性の下痢や咳嗽,脱肛,盗汗,鼻出血や痔出血などに用いられてきました。

 五倍子の名は『本草拾遺』に初見し,「腸虚,泄痢を治すに熟湯で服す」とあります。『開宝本草』には正條品として収載され,「五倍子,味苦,酸,平,無毒。歯宣,疳䘌,肺臓の風毒が皮膚に流溢して風湿癬瘡となり,瘙痒して膿水あるもの,五痔下血の止まらぬもの,小兒の顔面,鼻の疳瘡を療する。一名分蛤。處によってあるもので,その子は色青く,大きなものは拳ほどで,内部に多数の虫がいる。一名虫倉という」と記載されており,五倍子は虫癭であることがわかりますが,古くはこれを果実と思っていたようです。蘇頌は「五倍子は旧くはその産出する州土を著わさず,處によって在るものだと云っている。今は蜀中のものが勝れている。膚木(Rhus属植物)の葉上に生ずるもので,七月に実を結ぶ。花は無い。その木は青黄色で,その実は青く,熟すると黄色になる。大きなものでは拳のようで内部に多くの虫がいる。九月に子を採って暴乾する。津液を生ずるに最も佳い」といっており,後に虫癭であることがわかり,李時珍はこれを木部から虫部に移し,「五倍子は宋の開宝本草には草部に編入し,嘉祐本草では木部に移し入れてある。膚木の上に生ずるものだということだけ判っていたが,それが虫の造ったものだということは判らなかったのだ。膚木とは鹽膚子木のことで,この木は叢林になった場所に生えるもので,五,六月蟻のような小虫があって,その汁を食い,老いると小毬を葉の間に結んで種を遺す。さながら蛅蟖が雀甕を作り,蠟虫が蠟子を作るようなものだ。」といっています。五倍子はヌルデの葉に寄生しているアブラムシの仲間のヌルデシロアブラムシ(ヌルデノミミフシ)などが作った虫癭に由来します。このアブラムシは幼虫で越冬し,翌年の春に羽化してヌルデの木に産卵します。そこで雌雄の無翅雌虫を産み,これらが交尾した後さらに無翅雌虫を産み,この雌虫がヌルデの若葉に寄生し,汁液を吸う刺激によって葉の組織が次第に増殖し,虫癭を形成します。その中で雌虫は単性生殖を行い仔を産み,それが秋に有翅雌虫となって飛散します。

 薬材は不規則な嚢状あるいは菱角状で,瘤状突起あるいは角状の分枝が数個ある。表面は黄褐色ないし灰褐色で,灰白色の柔らかでなめらかな絨毛がある。堅くてもろい。断面は角質様で,においは弱いが特異で味は渋く収斂性がある。皮が厚く,灰褐色で破損のないものがよいとされています。瘤状突起や角状の分枝がない「肚倍」と称するものはやはりアブラムシの仲間のMelaphis peitanが寄生して生じた虫癭で,品質が良いといわれています。採取時期は,虫癭内の幼虫が羽化する前で,採集後は直ちに熱湯処理し乾燥させます。羽化した成虫が殻から飛び出してしまった後の虫こぶは,品質が低下し生薬や染料の原料としては適していないとされています。

 ヌルデは日本中にあるごくありふれた落葉小高木で高さは約5メートルに達します。幹に傷をつけると白い漆のような液体を出し,和名はこれを器物に塗ったことにちなむとされています。秋になると紅葉した葉が美しく,「白膠木紅葉」とも呼ばれ秋の季語にもなっています。その他,熟した果実が塩のような粒(リンゴ酸カルシウム)で覆われることからシオノキと呼ばれ,性質や特徴,ヌルデに対する思いに由来する方言名が多く存在することから民俗学的にも注目されている植物です。

(神農子 記)