基源:マオウ科(Ephedraceae)のEphedra sinica Stapf,Ephedra intermedia Schrenk et C. A. Meyer 又はEphedra equisetina Bungeの地上茎。

 現在,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界各地に拡散しパンデミックの様相を呈しています。これに対するワクチンを短期間で開発することは難しく,当面は対症療法による治療を続けることになります。一方,COVID-19 に有効な伝統薬はないのでしょうか。参考になるのがインフルエンザウイルスによる急性熱性感染症に対して使用される漢方薬です。日本では最近,病院でインフルエンザと診断されると抗インフルエンザ薬と一緒に麻黄湯が処方されることがあります。薬局ではインフルエンザが流行する冬に麻黄湯のOTC薬が並びます。これは麻黄湯がインフルエンザに対し有効であることが経験的に認められており,関連する論文も複数報告されていることによるのです。

 麻黄湯は『傷寒論(古代中国の後漢末から三国時代)』に収載されている漢方薬です。「傷寒」とは急性熱性の伝染病のことで,傷寒論の序文には編纂者である張仲景が「意訳:余の一族は二百人もいたが,十年も経たないうちに三分の二が死んでしまった。その十人中の七人が傷寒であった」と記載しています。麻黄湯の条文は「太陽病,頭痛,発熱,身疼,腰痛,骨節疼痛,悪風し,汗無くして喘する者は,麻黄湯之を主る」と,適応症が記載されています。インフルエンザという名前がない時代の記載ですが,この適応症にはインフルエンザの症状と合致する部分が複数あることが読み取れます。

 麻黄湯の構成生薬は麻黄,桂皮,甘草,杏仁の四種類で,麻黄が主薬の位置付けになります。麻黄は,マオウ科Ephedra 属植物の地上茎に由来する生薬です。現在の日本薬局方では3種が規定されていますが,実際に流通しているものは主に E. sinica,一部E.intermediaに由来するものです。これらは中国原産の小低木で雌雄異株です。乾燥地帯に生育するため葉は小さくりん片状に退化しています。そのため植物体の外形はトクサやスギナに似た草質茎を伸ばしています。草質茎には数センチ間隔で節があります。この地上茎を夏から秋にかけて収穫し,乾燥したものが麻黄です。麻黄は,日本薬局方では総アルカロイド含量(エフェドリンとプソイドエフェドリンの総和)が0.7% 以上と記載されています。中国では,麻黄はこれまで野生株を採取してきましたが,生育地である乾燥地帯の砂漠化や資源の減少などを理由に昨今は採集が規制されています。日本への輸出は1990年に禁止され,現在は便宜上,加工品として供給されています。中国では現在,栽培株由来品も流通が開始されています。

 麻黄湯と葛根湯のインフルエンザを含む感冒に対する有効性は80%程度(臨床と研究, 70, 3266-3272, 1993),さらにインフルエンザウイルスのみに対する有効性も報告されています(J. Infect.Chemother., 18, 534-543, 2012)。その機序は,初期にはウイルスの増殖抑制,次に生体の免疫反応を高めるという二相性の反応で抗ウイルス作用を示しているというものです。構成生薬の中で重要な役割を果たしているものが麻黄と桂皮であることが突き止められています。また基礎代謝があり,免疫応答の反応が良いタイプの人は二相性の反応が起こりやすいそうです。このように複数の作用機序で効果を発揮するのは多成分系である伝統薬の特徴です。仮に新型ウイルスが発生し攻撃機序が不明な場合も,伝統薬が何らかの効果を示す可能性が高い理由です。

 COVID-19 の影響で中国から日本への製品の流通には遅滞が生じています。生薬も例外ではありません。麻黄は日本での年間使用量の約600トンの全量を中国からの輸入に依存しています。麻黄を使用している製薬企業は当面の在庫を保有しているとは言え,長期にわたると少なからず影響が懸念されます。麻黄に関する明るい兆しとして,東京農業大学と金沢大学の研究グループが麻黄の国内生産を目指していることが挙げられます。日局の基準を満たす栽培条件も明らかになりつつあり,国産麻黄が近い将来,流通することでしょう。今回のウイルス禍は中国への過度の依存のリスクを改めて感じさせるものです。早期の収束を祈るばかりです。

(神農子 記)