基源:本品は甘草{マメ科(Leguminosae)のGlycyrrhiza ulalensis Fischer 又はGlycyrrhiza glabra Linne の根及びストロンで,ときには周皮を除いたもの(皮去りカンゾウ)}を煎ったもの。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が依然として続いています。治療薬やワクチンが無い現在,レムデシビルやファビピラビル(アビガン)など別の抗ウイルス薬を代用するなど少ない選択肢での治療が続けられています。一方,中国ではCOVID-19に対する中医処方が早くに開発され使用されています。その処方は「清肺排毒湯」というもので,構成生薬は麻黄,炙甘草,杏仁,生石膏,桂枝,沢瀉,猪苓,白朮,茯苓,柴胡,黄芩,姜半夏,生姜,紫菀,冬花,射干,細辛,山薬,枳実,陳皮,藿香,の合計21種類です。現段階ではこの処方の効果は明らかではありませんが,中国ではエビデンスを構築するための試みが開始されています。構成生薬には紫苑や射干など日本ではあまり使用しないものがありますが,これらはいずれも過去に本コーナーで紹介しています。一方,炙甘草や姜半夏は生薬を修治・炮製した生薬ですが,このうち今回取り上げる炙甘草は第十六改正日本薬局方の第二追補から,独立した項目として収載されました。甘草には潤肺作用もあり,炙甘草が主薬の炙甘草湯(炙甘草,生姜,桂枝,麻子仁,大棗,人参,地黄,麦門冬,阿膠)は,『金匱要略』には虚労病門と共に肺萎門にも登場し,確かに肺炎への有効性も窺えます。

 甘草は周知の通り多くの漢方処方に配合されている生薬ですが,実はその多くが炙甘草としての利用です。例えば葛根湯は,その原典である『傷寒論』に次のように記載されています。「太陽病項背強ばること几几,汗無く悪風するは葛根湯之を主る」で始まる文章は有名です。続けて「葛根湯方,葛根四両,麻黄三両節を去る,桂枝二両皮を去る,生姜三両切む,甘草二両炙る,芍薬二両,大棗十二枚擘く」とあります。甘草を炙るという指示は桂枝湯や麻黄湯配合の甘草でも同様です。甘草の修治方法に関して『本草綱目』には,『雷公炮炙論』を引用して「(甘草の)修治には先ず長さ三寸ずつに切って六七片に裂き,磁器に入れ酒に浸し午前十時から正午まで蒸し,取出して暴乾し,細かく刻んで用いるのである。また一法では,一斤ずつに酥七両を用い,その酥が盡きるまで幾回も塗って炙る。また別法では,先ず内外共に赤黄になるまで炮いて用いる」とあります。つまり単に炙るのではなく,酒や酥(国訳本草綱目の脚注:牛羊の乳より製した油)で処理した後に炙っていたようです。その薬効について,李時珍は「大抵,中を補うには炙ったものが適し,火を瀉するには生のものが適する」とし,また李東垣の意見を引用して「甘草を生で用いれば平なるその気が脾胃の不足を補って大に心火を瀉し,炙って用いれば温なるその気が三焦の元気を補って表の寒を散じ,邪熱を除き,咽痛を去り,正気を穏やかにし,陰血を養うものである」と,それぞれの違いを記載しています。人の体型による使い分けにも言及しており,王好古の意見を引用して「甘なるものは之を服すれば中満(肥満)せしめるものだ。故に中満せるものは甘を食ってはならぬ。甘は穏にして気を塞ぐものだから中満のものには不適当なのであって,一般に満せぬものの場合に炙甘草を用いれば補を発揮し,中満するもの場合に生甘草を用いれば瀉を発揮し,よく諸薬を導いて満する箇所へ直接に効を及ばしめるものである」としています。ただ李時珍は「方書にある炙甘草は,いずれも長流水に浸して蒸して炙り,熟してから赤皮を刮り去るか,或いは漿水(注:早酢)を用いて炙熱することになっている。酥で炙り,酒で蒸すというはないことだ」と記載しており,時代とともに炮製方法が変化したことも窺えます。

 日本では生薬の修治・炮製はあまり普及しませんでしたが,修治や炮製は生薬の薬味・薬性を変化させる手段の1つであり,生薬の用途を広げるものです。甘草だけでも多くの使い方があるのですが,さらに修治・炮製品を加えるとなるといっそう複雑になります。使いこなすことができてこそ名医,名薬剤師といわれるのでしょうか。

(神農子 記)